37 試験開始5日経過。 …………………………暇。 背は低いが幹が丈夫な広葉樹の枝に背を預け、 は何度もその一文字を浮かべた。 シンダラに乗ってゼビル島に無事入島したはいいが、 試験らしい小競り合いが最初の方でいくらかあった だけでそれから今までずっと暇している。 お陰でボドーに送ってもらった野球チームの仕事は 全部済んだ上に今期のチーム合宿の練習プランまで 作り終わってしまった。 そして今は持ってきた本の読破に勤しみ中。 ライトノベルの軽快さとリズムの良さでページは どんどん進んでいく。 パラリと音をさせてページをめくった。 ギシリッと枝が軋み、はしおりを挟んで本を閉じた。 「何か用?」 「ん、別に何もないけど」 「だったら絶使って近寄らないで」 元々イルミは気配の読みにくい体質にされてるから心臓に悪い。 の頭の上に生える枝に座ったイルミを見上げ、 眉間に皺をよせる。 「大体、試験の最終日まで寝てるんじゃなかったの? ヒソカも貴方の思ったより騒がないでいてくれて こっちは踊りたいくらい有難かったのに」 最悪、受験生全員殺すかと思ってたから予想以上に 大人しくて万々歳だったのに。 「やる気のない試験官だね。 あのさ、ものは相談って言うから一応聞いてみる。 キルは何で暗殺業が嫌なんだろう?」 荒い風がイルミとの長い黒髪をはためかせる。 イルミの目に感情の色はない。 ただの黒い、ぽっかりあいた空洞にすら見える。 「俺もキルも兄弟で同じ環境に育った。 暗殺の仕方を教えたのは俺。 キルのずば抜けた才能を一番早く知ったのも俺。 俺が一番近くにいたのに、分からないんだよね。 別に俺にとって他人の命は商品でしかない。 だから家業に反発しようなんて思わない。 は他人の命を奪うのが嫌なんだろ? 何で?」 素朴な、しかし、とても重い疑問。 ゾルディック家の実態を私は知らない。 それでも、意味のない同情心が湧いてくる。 「自分が無くなるのが怖いから」 道徳、法的束縛、タブー意識。 そんなものがドブの中に捨てられる世界がある。 私もその中を覗いた事はある。 それらを捨てなくてはいけなくなる選択を迫られたこともある。 「死ぬのが、死を見るのが嫌い。 死を誘う行為を自分の中で禁止してる」 イルミは枝に足をかけ、鉄棒のコウモリの格好をした。 「念の制約?」 「ううん、私と貴方の生活環境、もしくは世界の違いね。 私は命を尊ぶ意識が強い場所で育った。 貴方は命は奪うものと決め付けた場所で育った。 キルアは命のあり方を選ぶ選択場所を見つけた。 知る機会を未だ掴まないイルミには今のキルアが分からないのね」 この世界に来て学んだのは環境と生まれの違いでの 意見の食い違いが想像以上に常識であること。 生まれた世界で過ごした時間の大部分は学校という 歳と環境が似た者が集る場所にあった。 ここから飛び出すと、同じ見る聞く感じるでも人によって 捉え方がまったく変わってくるのが当たり前。 一拍の間。 「だって知る必要がないだろ?俺は誰にも情は抱かない。 だって殺そうと思えばすぐに殺せる」 首筋が冷たい。 「ちょっとだけ針を動かせば、は死ぬ」 空虚な黒に、変化を見つけた。 「でもイルミは私を殺さない」 「こんな状態で凄い自信だね」 「貴方は私に何かを求めている。 それを満たさない限りは貴方は私を殺さない」 吹いていた風が凪いだ。 「キルアの変化を否定したいイルミはストッパーに 私を利用したいでしょ? そう、私がキルアにこう言えば、キルアは家に帰るかも。 "所詮、ゾルディックの名からは逃げられない"」 「うん。そう言ってくれると俺はすごく嬉しい」 「私が、言うと思う?」 目に力が入る。 イルミは小さく息を吐いてから冷たい刃物を私の 首筋から離した。 膨らんで落ちる数滴の血の雫を軽く手でふき取る。 「イルミがキルアを大事にしたいのは分かるけど、 キルアは外で学んだ方がきっと強くなるわよ。 シルバさんがキルアに念を教えてないのも外を教えて からにしようと思ってるからだと思うんだけど」 念能力は小さい頃から教えるのってどうかと思う技術だし、 物事をなるべく知ってから発も覚えるべきだと私は断言する。 「そこまで推測してから色々言いまくってたのか」 ちょっとムカついたけど、ここで殺してもしょうがないか。 「参考程度にはなったよ。後はまた寝る」 「おやすみなさい」 はそう言って、イルミを見送った。 もう夕暮れ時だ。 ゴンやジンさんが昼でキルアやイルミが夜だとしたら、 私は朝焼けか黄昏時なんだろう。 赤き太陽の赤髪は持たずとも、暁とも黄昏とも見える色を 瞳に宿す私は……。