異世界への旅立ち






セフィロトの樹が描かれていた扉の中は
情報の渦が巻き起こっていた。


私を掴む黒い手はその情報を受け入れろと言うかのように
放す気が無い力を込めている。


頭が砕ける!


本気でそう思った。


光が、見えた。


光目がけて私は飛び込んだ。


そして、また反転。







次に目を開けると薄暗い部屋の中にいることに気がついた。

まず気になったのは香り。

この部屋にかいだ事の無い香りが漂っている。

軽い、それでいて皮膚を無視して体に張ってきそうな匂い。


「私は……何処についたの?」

「おやまぁ、珍しい客人だこと」

はっと声のする方を振り向いた。

振り向いた先には赤いシンプルなドレスを纏い、両の目を布で覆い隠した女性。

「これはこれは、お主奇妙な道を辿って妾の前に現れたのう」

その人は小綺麗な口元を緩ませて笑った。

「私はと言います。貴女は…誰ですか?」

「ほぉ、言われる前に名乗るとは礼儀を知っているのか、
はたまた命知らずなのか…しかし、礼儀を知らぬ馬鹿よりはマシじゃ。
妾はこの館の主、歌藍。のう、お主はこの世界で生を受けたもの
ではあるまい。何故ここに参った?」


すっと立ち上がった歌藍は豪奢な扇を手にしてに近寄り、
くいっとその扇での顎を持ち上げ、顔をじっくりと眺める。

「顔立ちは良いな。中は一見大人しそうじゃが、猛るものを持っておる」

「その塞がれた目で見えるんですか?」

「妾は視覚を持たず生まれた。その代わり、他とは違う術で世界を見る。
、妾の先の問いに答えよ」


歌藍の存在感が増した。

圧迫される気迫。

はそれに本能が警戒音を発し、逃げるように告げる。

しかし、は逃げようとはしなかった。

私よりも大きな存在。

逃げても捕まって、終わり。

だったら最後まで足掻く!!


「知らない。知らない間に私は世界を追われた。

そこに帰る手段を探す為、この世界で生きる」



確信を持って言える答えは、それだけ。

歌藍はそのまま動かない。

数分たっただろうか。

歌藍はクツリと喉を鳴らして笑い、すっと扇からの顎を解放した。


「ただの小娘かと思いきや、中々に腹の据わった小娘じゃ。

気に入ったぞ妾達はお主を主と認めよう」


「……は?主??」


は急に何を言い出すのだろうと訳が分からなくなる。


「そうじゃ。妾は人の姿も取れるが、妾は人では有り得ぬ。

妾は十二の獣の長じゃ」


そう言うと、薄暗い部屋は一変して広い草原が広がった。


「え?」


は目の前に広がる緑の草の大地と青い空と白の薄雲に目を丸くさせる。

草の匂いも、明るい太陽の光も、全部が懐かしい。

は今の状況を把握出来ない不安を忘れて
この場所にいることが嬉しくてしょうがなかった。



「さぁ。出てきておくれ皆のもの。新しき主を祝おうぞ」


歌藍は名の通り歌うように何かへ語りかける。

は今度は何が来るのだろうと気を引き締める。



そして、ふぅっと歌藍の姿が消え、透明でいて七色に光る細長い蛇に変化した。

それを皮切りに漆黒のネズミが現れ、

大きな鈴をつけた牛が現れ、

空と同じ青の虎が現れ、

浅黄色と藍色のグラデーションの兎、

金色の竜、

炎のような赤い鬣の馬、

薄桃色の角をもった羊

純白の毛並みの猿、

白銀の巨大な鳥、

ライオン並みの体格の犬、

最後に茶褐色の猪が現れた。


「子丑寅卯辰巳午羊申酉戌亥…干支ね貴方達は」


はその十二の動物に囲まれて、七色の蛇の姿をしている歌藍を見た。

「お主にはそう見えるのか。妾達はお主の想像を借りて姿を現している。

もし干支と呼ばれるものに妾達が見えるならば、お主がそれに近しいもの
を感じているのだろう」


歌藍と呼んでいた蛇はそう答えた。


「そうだね…」


は立ち上がった。


綺麗。

ここにいる全ての獣がなにかしら大きな存在であるとすぐにわかった。



「貴方達は、寂しいの?」

「そうじゃ。妾達が集まれるのはただ主がいる時のみ。

それ以外は孤独に、主もいた黒の空間にいるしかない」


歌藍はふぅっとの体を囲むように体を動かした。

はそっとその体を触れる。


「なぜ、私なのか聞いてもいい?」

「妾は嫌いな者に仕えてまで皆に会おうとは思わぬ。

それは十二の獣すべてがそうじゃ。だからこそ、主を選ぶ。

あの幻の部屋に訪れる事ができ、妾を乗り越える者こそ
主として仕えるに相応しい。

お主と同じ異界の者はあの部屋に気安いが、
妾の目にかかるのはほんの数えるほどしかいない」


「……私は何も持っていない。貴方達に返せるものは何もない」

「お主の存在そのものが、我らの利益となる」

「我らを認めるならば我らに名を与えよ」

「それが契約の証となる」


話を聞き終わって、は目をつぶった。

風が肌を撫でて気分がいい。

暗闇で何も見えず、何も感じないあの場所ではない。

私はあんな場所に誰かを置いておくなんてできない。


「…名を与えます。私の力になって下さい。

この世界を知り、私の世界に返るための力に」


うつ向き気味だった顔を上げて、はそう宣言した。


『承知』

全ての獣がそう答えた。

ここから、はこの世界を歩く。