カタカタカタ
キーボードから奏でられる規則正しいタイピング音。
ディスプレイには沢山の文字の羅列。
文章から察するに、小説のようだ。
彼はどこまで咎を背負い続けなくてはいけないのだろう。
それを知りえるのは世界中に、誰1人存在しない。
そこまで書いて、数行下に〔END〕の3文字を打ち込む。
「これにて小説完結。お疲れ様でした〜」
パソコンに長時間向っていて疲れたのか、手を後ろで交差させて背伸びする。
「なんとか間に合ったね。これでやっと寝れる〜」
書き終えた小説を保存して、パソコンの電源を落とす。
パチンッと何かが弾ける音がした。
それと同時に視界は真っ暗闇になった。
***
当たり一面
黒
黒
黒。
他の色を探しても見つからない。
この空間が広いのか、狭いのか。
手を伸ばしても何も感触はない。
足には地面に立っている実感はない。
水の中にいるような浮遊感すらない。
何もない空間。
自分の他に人はいるのか。
何かモノがあるのか。
なに1つ判らない。
何時間も時が経ったように感じられる。
本当は数分かも、数秒かも知れない。
何もかもが判らない。
「誰か、私をここから出して……」
何も、返って来ない。
〔なら、ここに来るか?〕
「え?」
答えが、返ってきた。ここに閉じ込められて始めての声。
〔ここに来てみるか?脆弱な存在〕
もう1度、聞こえた。
「ええ!行きたい!!だからここから私を出して!!」
叫び声を上げた。
上げたつもりだった。
その声の持ち主に聞こえるように。
〔ようこそ、異世界の愚者よ〕
反転。
あたりは黒ではなく、白になった。
「ここは?あの声の人は何処?」
〔ここだよ、ここ〕
声の聞こえるほうに顔を向ける。
いたのは、真っ白なモノ。その後ろには巨大な扉。
そこに彫られているのは、どこかの本で読んだのか記憶にある。
確かセフィロトの樹というものだ。
上下逆さまなのが特徴だろう。
「あなたは、何?」
これは私と同じモノではない。
これは、何なの?
女でも、男でもない。
子供でも、大人でもない。
人間ですらない。
いや、生物でもない。
すべてが違うようで、すべてなような存在。
私の知るカテゴリーに何処にも属さない。
こんなものに、今まであったことはなかった。
〔何?おお、中々に的を射た質問の仕方だ。
そうだな、俺は全てと繋がるモノ。
ある者は俺と神と呼び、またある者は真理と呼ぶ。
無であり有である。
それが俺だ〕
それは、私の理解の範疇を遥かに超えた存在。
「あなたは、地球そのもの?」
いや、何かそういう言葉では表してはいけない。
そんな気がする。
「いえ、私は貴方を世界と呼ぶ。
貴方が全でもあるのなら、私を元の場所へと返して欲しい」
〔それは俺にも出来ねえな。でも、俺はお前が気に入った。
常人にしちゃあ頭は悪くはねぇみたいだからな。
チャンスをやろう。この扉はすべてに繋がっている。
この扉も俺だからな。これに入ってみろ。
運が良ければ元に戻れるさ〕
「つまり成功の確率は殆ど無いんだ。
でも、やってやろうじゃない。
こんな所にいるよりずっとマシだもの」
〔度胸があるな。それじゃあお別れだ。
アバヨ、異世界の迷い人。
機会があったら又会うだろうさ〕
「さようなら、世界。又会う事がないように祈るよ」
それと共に扉から出てきた黒くて長く、細い手に掴まって中へと入った。
次に見る色は何色だろう。
バタン
重厚な音を立てて扉は閉じられた。
〔時渡りの一族であって、違うモノ。
お前の運命はお前が作れ。
現実に潰されるな。
現実を受け入れろ〕
それは誰にも聞かれる事のない応援のエール。
彼女は存在そのものが代価。