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ポタリ

流れた冷や汗が集り、雫となって床にしみを作る。

イルミはパンと手を叩いて感情の無い目で
喜んで見せた。

「あーよかった。これで戦闘解除だね。
はっはっは。ウソだよキル。
ゴンを殺すなんてウソさ。
お前をちょっと試してみたのだよ。
ぶっちゃけここにいる奴等全員を無償で相手にする
なんて面倒なことごめんだからね。
でも、これではっきりしただろ?」

イルミは愛しそうな手つきで柔らかな銀髪に触れた。

「お前に友達を作るしかくはない。
必要もない。
今までどおり親父や俺の言う事を聞いて
ただ仕事をこなしていればそれでいい。
ハンター試験も必要な時期が来れば俺が指示する。
だから、戻っておいで、キル」



そうすれば、楽になれるから。



イルミはそう言って、舞台の真ん中から降りた。

キルアは暗闇になった様に、静かだった。

そのまま、重い足取りで歩き、ドアを開ける。

それを見ていたレオリオとクラピカは目線を合わせ、
同時に頷いたが、が片手で制して、代わりに
キルアを追いかけた。






全部、全部、もうどうでもいい。



ゴンのいる控え室の前で立ち止まる。


「ごめん、ゴン」


俺、お前を裏切った。

死ななかった結果を想定していたんじゃない。

ただ兄貴から逃げたかったから、

お前が死ぬのを考えないで、「まいった」と言った。

どれだけ、「まいった」と言わないのが難しいかわかったよ。

お前はあんなに意固地になって言わなかったのに
俺は簡単に言ってしまった。

もう会えないよ。

でも、ありがとう。

楽しかったから、ありがとう。



「キルア」

…声が誰だかは知っている。

でも振り向けない。


「帰る?」

頷いて答えた。

「そう。シルバさんにその内伺いますのでよろしく
お願いしますって言っておいて」
「勝手に伝言役にするなよ」

止める言葉が来るかと思えば斜めに違う方向で、
思わず口を使ってしまった。

「あら、このまま貴方が帰るならゴンもクラピカも
レオリオも私もキルアに会いに行くもの。
丁度いいから先方に伝えてもらえて面倒が省けるわ」
「来るなよ。つーか来ないだろ普通」
「私達に普通が通じないのは承知の通りでしょ。
このままお別れなんてあの子は絶対嫌がるわ。
ムキになって家まで行って、門前で追い払われて、
それでも諦めないでしょうね」
「俺はゴンにそんなにしてもらう資格なんてない」

友達になりたかった。

でも、俺からその手を払いのけた。

「資格を無くしたのなら、私がその資格を取り戻す。
私はミッシングハンター【失われたものを狩る者】よ。
無くしても取り戻す。
その為に私はハンターになった。
行きなさい。
右往左往の階段でもいつかは目的の道が見えてくるわ。
大丈夫、人間は単純で複雑だからチャンスはまだある」


トンっとキルアの背中を押す。

キルアはすぐに体勢を立て直して、
振り向かないでゆっくり歩いた。

「……裏切ってもいいからな」

「裏切りと認知してもらえるほど信用してくれてありがと」


はキルアの背中が見えなくなるまで見送った。

迷える子に大きなお世話をしたくなるのが大人なのね。

子供が大人を嫌うのも当たり前ってか。

は苦笑のため息を吐いて、試験会場に戻った。

そして、キルアの試合放棄と、その場の全員の
合格を、ネテロ会長に伝えた。



第287期ハンター試験合格者8名。