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ハンゾーは右手を付き、逆立ちする。
「痛みでそれどころじゃないだろうが聞きな。
俺は忍とよばれる隠密集団の末裔だ。
忍法という特殊技術を身につけるため、生まれた時から
様々な厳しい訓練を課せられてきた。以来18年休むこと
なく肉体を鍛え技を磨いてきた」

親指が離れ、

「お前くらいの年には人も殺している」

小指、薬指、中指が離れ、

「こと格闘に関して今のお前が俺に勝つ術はねえ!!」

人差し指のみで自重を支える。

ハンゾーもまだまだ甘いというか、可愛いというか、
焦りがよく分かる説得方法だ。

「悪い事は言わねエ。素直に負けを認めな」

ドゴンッ「あ」ベチャッ

ゴンがハンゾーを蹴り上げた。 「って〜くそ!!痛みと長いおしゃべりで頭は少し 回復してきたぞ!!」 だよねー。ゴンの以上なタフでちょっと焦ったとはいえ、 あんな無防備になるなんてぶっちゃけアホかと思う。 「よっしゃァァゴン!行け!!蹴りまくれ!! 殺せ!!殺すのだー!!!」 「それじゃ負けだよレオリオ…」 一気に危ない雰囲気が過ぎ去った。 は一息の安堵の息を吐く。 「この対決はどっちが強いかじゃない。 最後に「まいった」って言うか言わないかだもんね」 ゴンは目頭に痛みの涙を流して立ち上がった。 ハンゾーと軽く跳ねて起きるが、鼻血と涙で格好は付かない。 「わざと蹴られてやった訳だが」

「嘘つけ――!!!」 レオリオに同感だ。

「俺は忠告してんじゃない。命令してるんだぜ。 俺の命令は分かりにくかったか?もう少し分かりやすく 言ってやろう」 左手の包帯から仕込刀を取り出した。 「脚を切り落とす」 白銀色の刀は光を反射しない。 「2度とつかないように」 それが不気味度を増す。 「取り返しのつかない傷口を見ればお前もわかるだろう。 がかその前に最後の頼みだ。 「まいった」と言ってくれ」 目が据わり始めたハンゾーにゴンは数拍して答えた。 「それは困る!!」 緊張の糸が緩みに緩んだ。

「脚を切られちゃうのは嫌だ!! でも降参するのも嫌だ!! だからもっと罰のやり方で戦おう!!!」 アホか。

今の状況でここまで我侭言う奴を初めて目の当たりにした。 少なくない数の口から笑いの声が漏れている。 レオリオの顔なんて締まりもなく、それだけで 笑える顔へと変化している。 先ほどの殺気を放った顔があったのは数分もたってないのに。 「勝手に進行すんじゃねーよ!なめてんのか!! その脚マジでたたっ切るぜコラ!!!」 「それでも俺は「まいった」とは言わない! そしたら血がいっぱい出て俺は死んじゃうよ」 自分で出血多量死を予告するな。 「その場合失格するのはあっちの方だよね?」 マスタに確認を入れて是の返答をもらう。 「ほらね、それじゃお互い困るでしょ。だから考えようよ」 ハンゾーは苦々しそうに歯軋りした。 「もう大丈夫だ」 クラピカの緋色になりかけた眼も元に戻っている。 「完全にゴンのペースだよ。 ハンゾーも我々も巻き込んでしまってる」 だが、その次の瞬間、また場は凍りついた。 ハンゾーがゴンの額の薄皮一枚の所で刃を止めたからだ。 硬質の鉄線のように、空気が張り詰める。 「やっぱりお前はなんにもわかっちゃいねェ。 死んだら次もクソもねーんだぜ。 やたや俺はここでお前を死なしちまっても来年また チャレンジすればいいだけの話だ!! 俺とお前は対等じゃねーんだ!!!」 まったく間違えようのない事実にもゴンの決心は揺らがない。 瞳の光は迷うことなくハンゾーを射抜く。 「何故だ…たった一言だぞ…? それで来年また挑戦すればいいじゃねーか」 普通の選択を選べるなら、ゴンは今そこにいない。 「命よりも意地が大切だってのか!! そんなことでくたばってお前は満足か!?」 無謀と勇気は行動としてはそれほど違いはない。 2つを分けるのは、他者の判断。 「親父に会いに行くんだ」 今のゴンの場合、私なら無謀と答える。 「親父はハンターをしてる。 今はすごく遠い処にいるけど、いつか会えると信じてる。 でも、もし俺がここで諦めたら、一生会えない気がする。 だから、引かない」 それでも、このオーラは勇気と答えさせようとする。 ゴンの瞳と同じ、澄み切った、命の流れ。 常識も、理屈も、真理も、全部を取り去って 己の感情のみを貫いている。 私は、ハンゾーのオーラの流れが張り詰めたものから 緩い縄のようになったのを感じ取った。 「まいった。 俺の負けだ」 ハンゾーの舞台に下りる宣言は何にも邪魔されずに 隅まで聞き取れた。 あっけにとられている観客とゴンを置き去りにハンゾー は負けの宣言のいいつくろいをする。 「俺にはお前は殺せねエ。 かといってお前に「まいった」と言わせる術も思い 浮かばねえ。俺は負け上がりで次にかける」 ハンゾーの“まいった”の理由にゴンの上唇がむっとつりあがった。

「そんなのダメだよずるい!! ちゃんと2人でどうやって勝負するか決めようよ!!!」

馬鹿だ!!!! ゴンそこでそれは酷いよ!勝利を苦々しく思っても そのハンゾーの心意気を飲むのが粋ってものよ!!

だから私はその後飛ぶように殴られたゴンは 仕方ないと断言する。 約3時間の勝負の中で一番良い一撃だ。 「もう」 ひょっと場を移動し、飛ばされたゴンを抱きとめる。 試合が終ったから私が動いたってなんの問題もない。 ドサッ 腕に重みが圧し掛かった。 殴られた衝撃で眼が廻っているが、まあ頑丈だし 平気だろう。 私はゴンの背中を2回、ポンポンを赤ん坊をあやすように叩いた。 「お疲れ様。 貴方はジンさんの名前に恥じない息子よ」 ゆっくり休みなさい。