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お風呂から上がってくると、その間に帰ってきたエマが治療の用意を
して待っていた。

はエマの隣に腰を下ろして、今までの話をするように促した。


「私はぁルポライターしててぇ、ずっとあの悪道製薬会社
探ってたんですぅ。
それで、掃除のアルバイトでもぐり込んで盗聴器ばら撒いたらぁ
さんの暗殺依頼する会議聞いて、母と弟の恩人殺させたくない
からずっとさんに張り付いてたんですぅ」

表面上だけのの怪我に丁寧に包帯を巻きながら、
エマは自分の話をした。


大体は予想通りであるが、それを実行に移したエマの
豪胆さに、は呆れと感嘆の感情が交じり合っていた。

しかし、次の告白にはは大きく目を見開いてしまった。

その社長の暗殺依頼をしたのが自分である。

エマはそう言ったのだ。


「だって、あっちが全部悪いのに、さんのこと
馬鹿な小娘とか、偽善者とか、気持ち悪い目をした奴だとか…。

それだけでも許せないのにあれは……」


エマの手が怒りで震えている。

きつく拳を握り締め、できれば自分が殺したかったと
言葉でないもので語っていた。


『プロハンターだろうが、なんだろうが所詮は女。

体で男を喜ばせる以上のことは出来はせん。

あの顔と声で誘われれば、私とて一夜程度なら
相手をしてやってもいいな』

声だけでも、あの下品で醜い社長の顔が鮮明に想像できた。

金が勿体無いと排水処理を怠り、私の父や友人を殺し、

姿の見えない恐怖を生み出したあいつ以上に地獄に落ちるに

相応しい奴はいない。


それなのに、その恐怖の正体を暴き、そして助かる方法まで

作り出してくれた恩人を根っこから卑下しようというのか!!


「お金は、グランパの残してくれた財産と同志の人
達からかき集めましたぁ」


法の下で裁かれるよりも爪を剥ぐ痛み1つでも多く、

そして長く苦しんでから死んで欲しかった。


「ごめんなさいさん。私達を助けるために尽力してくれた
上にぃ……命を危険に晒してしまいましたぁ……」


病気の原因が分かった。

ワクチンが作れる。

私達は助かる。


それを聞いた時の喜びは生涯忘れない。


母と弟が死ねばひとりぼっちになってしまう私を本当の意味で
助けてくれたのは、私よりも歳若い女の子だった。


『はぁ?資金が足りない?人材不足!?

んなこと言ってる間にも何人もの命が危ないんです!!

私の資本からバックアップさせるからすぐに取り掛かって

下さい!!人はこっちでもなんとかします!!』


偉い人でも、命の大切さを忘れない人がいると知って、
どれほど嬉しかったか分かるでしょうか?

そんな人を、あのおぞましい奴の私欲で殺させたりはしない。

たとえ、自分の身を盾にしても彼女を守ってみせる。

そう誓ったのに、私は何もできなかったに等しい。


ポタッ

白い包帯に透明の涙が染み込んだ。


「ごめ…なざぃ…何も…できなぐでぇ…」


エマは嗚咽を漏らす。そして、はエマの血が出るまで
握り締めた拳を開かせ、自分の頬にあてた。


「エマ、私は生きてるよ」


が言うように、頬はほんのりと気持ちいい暖かさを
保っていた。

の頬についた自分の血が汚いと思いながらも
その頬から離すことができない。


「ありがとう。私のしたことは無駄じゃないって証明してくれて。

でも、もうこの手とアナタの心を血で汚しちゃダメだよ。

貴方が私を思ってくれたように、貴方を思う人がいるんだから。

流れた血は元には戻らない。

そして、他に擦り付けても消えることはない」


殺し屋への依頼は憎悪の肩代わり。

私のためにしてくれたのは分かってるし、
お陰で生き残れたのは確か。

でも、この事実を忘れないで。

その上で……。


「エマは、この手でもっと幸せを掴んで」

「…………はぃ」


神様はいるのだろうか?


いるとしたら怒りと一緒に感謝も受け取って下さい。

病と憎悪の苦行を与えた怒りと、さんを私に
引き合わせてくれた感謝を。


エマは止めなく流れる涙を堪えることなく、
打ち止めがくるまでずっと泣いていた。