09
「製薬会社社長、ガウィ=ヴィップが何者かに殺される…
随分苦しんで死んだ形跡があるとよ。いい気味だな」
久々にの家にやってきたカイトは新聞を読んで
殺された相手を鼻で笑った。
「カイト…仮にも仏さんなんだから悪口言っちゃダメだよ」
「金に執着して有害液垂れ流しにして数千人殺した上に
を殺すように暗殺依頼した奴だ。
仏だろうが何だろうがその罪は死んだところで
消えるもんじゃない」
数千人の命よりも自分の彼女を上にもってくる度胸は
中々のものである。
はため息と同時進行で読んでいた本にしおりを挟んだ。
「裁判は今年中に実質上の決着がつくよ。国の方もゾルディック
から生き延びた私を怖がって、これ以上長引かせるの
は良くないのを分かってくれるだろうからね」
事件の証拠なら十二分にあるのだからこちらの勝訴は確実。
後は賠償金交渉や法律改正などもあるが、そこまで手を貸す
のは無粋というものだ。
「それで、そのエマって奴が書いた記事がこれか」
カイトはテーブルの上に置かれた雑誌を手に取った。
フリーライターエマ=トラネットとその友人=
が見たヨルビアン大陸公害病の実態。
『プロハンターじゃなくてぇ、一般人として
ならいいですよねぇ?』
エマはそう言ってと一緒に公害病に関係した地域と施設を
回ってマイナー雑誌で短期連載することになった。
これが思ったよりも好評で、出版会社の最高部数を
着々と記録している。
「連載が終ったら本にするって。ルーク君もティルマさんも
もう普通に生活できるって喜んでるよ」
ルーク君はエマの弟で、ティルマさんはお母さん。
残念だけどお父さんは公害病で一昨年亡くなった。
おそらく、2人も後数年で命を落としていただろう。
エマの故郷を歩くたびに様々な人がありがとうと
自分の手を握った。
それだけでもこの世界に来た意味があると確信している。
はカイトと合い向かいに座り、ぐてっとテーブルに
うつ伏せになった。
「この件が終ったら、ちょっと休もうと思うの」
は、消えるような声でカイトに告げた。
「色々あったから、切り換える時間が欲しい」
いい事もあったけど、また、たくさんの不公平な死を見た。
嫌な事実もたくさん見て、手を突っ込んだ。
他人に殺して欲しいと望まれるまで恨まれたことも、
エマに、人を殺す覚悟をさせてしまったことも。
混沌とした世界には矛盾がつき物だし、それを全否定
できるような根拠を私は持っていない。
嫌なことばかりという訳じゃなくても気が滅入るし、
削がれたと実感している。
だから、来年は少し自分勝手にのんびりするつもりだ。
「いいんじゃないか?今までが忙しすぎたんだ。
全部放り投げて、軽い肩でいるのもいいだろ。
実際ジンさんは誰にも言われなくてもそうしてる」
「あれは本物の自分勝手なのよ」
の言い放ちにカイトは噴出した。
「違いない」
遠くの地でジンがクシャミを2回したかどうか。
それはご想像にお任せする。
「よく頑張ったな。お疲れさん」
カイトはそう言っての黒髪にキスをした。
「それともこのままベット行ってもっと疲れてみるか?」
「馬鹿」
カイトの挑発に小さな反論。
だが、カイトはの頬どころか耳も赤くなっているのを
見逃さなかった。
+*+*
次の日の朝、調査に戻るカイトが溌剌とした顔で出て行き、
見送った後またベットに戻りぐっすり昼まで寝るがあった。
「カイトの奴……どうして夜なのに寝させてくれないのよぉ」
の恨み節は虚空の彼方へと消えていく。
心技体揃った彼氏を持つというのは、幸せではあるけれど
大変なことでもあった。
END
