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「こっちの本はかなり細かいところまで書いてあって面白いですぅ」
「私はこっちが好きね。筋が一本ちゃんと通ってる文章だよ」
まるで修学旅行の夜のように自分達の好きな本について語る。
気が合うと言ってしまえばそれまでだが、にはこんな風に
話せる同性の友人はこちらの世界ではあまりいなかった。
「ねえ、エマはどうしてそんなに私の記事が書きたいの?」
ベットメイクがしっかりした布団に包まり、は聞いた。
エマはきょとんとした顔をしてから、ふっと笑った。
「面白そうな記事を書きたい。それだけの欲求ですぅ。
こんなに突飛なことできる人はさんしかいなくてぇ、
誰からでも変って言われる私と難なく会話できるさんはぁ
どこまでも追いかけて書く価値のある人ですからぁ」
本をめくる音が空調と混じる。
「そうかな?私はもっと面白い人はたくさんいると思うけど」
「いいえぇ!私のフリー記者として最初のぉ題はプロハンター
に関することって決めてるんですぅ!!」
例えばファルシラウサギの概説でも、ルルカ文字によって
古代文明の流通の仕組みの理解が進んだことでも、
個人資産でどうして野球チームを買うことにしたのかでも、
どれでも読みたいと願う読者はたくさんいる。
熱く語るエマに、はふわふわな微笑を浮かべてから
一緒に眠りについた。
+*+*
真夜中、はむくりと上半身をベットから持ち上げた。
「ありがとうね、エマ」
は口だけでそう紡ぐと、ふわりと波立つエマの赤毛に触れた。
あべこべの手"リバースハンド"
発を行うと、のオーラに染み込んでいた"溺れる酒池(オルジャ)"
は蒸発するように消えていった。
「宮毘羅(クビラ)、因達羅(インダラ)」
が名を呼ぶと、暗闇に紛れてしまいそうな黒い短髪
を持つ18・9の男は部屋の脇壁に背を預け、もう1人真っ赤な
深紅のセミロングの20代の男は直立不動で立っていた。
【あいよご主人。敵はただ今南方に5kmまで接近中】
黒髪のクビラは目を閉じたままに情報を提供した。
彼は本性に漆黒の鼠の姿を持つクビラ。
能力は"彷徨う大集団の巣(ワンダーコロニー)"
彼の分身の黒鼠は至る所に侵入し、情報を親のクビラに
伝えられる。小鼠の入れる隙のある場所すべてと
電子媒体には1匹につき10分の制限つきで侵入できる。
「インダラ。そこから西方約20kmの岩場に来るように伝えて」
【了解】
赤髪のインダラはヒュッと地面を蹴ると炎の鬣を持つ馬になった。
そして壁を幽霊のようにすり抜けて外に出る。
インダラの能力は"悪戯好きの赤馬(シャッグフォール)"
彼は壁などの境界線を通り抜けられるので無意味である。
そして、顔を知るものであれば生きている限り、5千文字以内
の伝言を炎の鬣に託し、1時間以内に伝えることができる。
これらの能力は馬の姿の時のみ使用可能。
「クビラは1匹をここに残して私と一緒に来て」
【その女は放っていーの?】
クビラの興味なさ気な口調。
の恋人のカイトにですらこの姿勢なので
もう何も言う気が起きない。
クビラに言われて、は薙刀を取り出し、ヒュッと
空間に斬影を作った。
「毘羯羅(ビカラ)」
出てきたのは2mはあるごつい大工のおっちゃん風な男。
ぽんとの頭に手を乗せ、ごしごしと擦る様に頭を撫でた。
【仕事かいお嬢】
「この人、エマって言うんだけど彼女のガードをしてて」
【わかった。お嬢は死なねえようにやってこい】
「ええ、死ぬ訳にはいかないものね」
あっちの世界は私がいなくても平気だけど、郷愁がない訳がない。
そして、この世界にはあっちの世界と同じくらい大事な人たちが
増えてしまっている。
挟み撃ちはずっと感じていた。
それでも、この世界に生きることに苦痛はあまりない。
ゆっくり、天命にも似た定めを待つつもりだ。
だから、その天命まで精一杯生きなくてはいけない。
時渡りの任を負う者としても、1人の人としても……。
