#02






それからずっと鍛錬を続けていると、空は緋色に染まっていた。

「もう6時半か。夕飯にしよ」

無防備だ。

「カイト、どうしたの?」

「何でもない」


の言葉を一蹴し、カイトはの目線から逃げるように
剣を鞘へと閉まった。

と出会ったのは、ジンさん探していて、
倒れたところを助けてもらった時。

しばらく世話になった後も時々顔を見せているが
…どうもは無防備に思えた。

武術も念もプロとして恥ずかしくないレベルだから攻撃する隙
という意味でなく、女としての隙が多すぎる。

にとっては俺は友人か兄なのだろうが、こっちは女として
意識してしまうのでかなりヤバイと思う。

髪を邪魔にならないように紐で結い上げて見える首筋だけで
どうも気になってしまうのだから重症だ。

なら会わなければいいだろ。

そう呟く心もあるのだが、如何せん会わなければ
会わなければでどうも落ち着かなくなる。

本当の歳は知らないが、少なくとも思春期は通り越した
はずなので更に羞恥心が沸き起こる。


「昨日のパイ余ってるか?」

「あれはないけどパイ生地残ってるからミートパイでも
作ってみようかと思案中」

「具は大目に頼んだ」

「はーい、分かってますよ」

一度だけ手を振ってからキッチンに入り、冷蔵庫から冷えた生地を取り出した。

慣れた手つきで作業を進めてあっという間にオーブンの
スイッチを入れる段階までしてしまう。

「今日は波夷羅(ハイラ)と摩虎羅(マコラ)呼んでいいかな?」

そう聞いてくるが、愛刀の薙刀を手にしているところを見て
呼び出す気満々だと悟った。

「好きにしろ」

ぶっきらぼうにそう言い放って、ひゅっと刀身で空を切った。

【主ちゃんこんにちはー!!】

【ほほほ、これは主殿にカイト殿。老木はお邪魔かのう?】


ああその通りだ。

老人の姿のマコラの台詞にそう返したくもあったが、
ハイラは幼女姿なので泣かれると面倒だから止めておく。

奴らはの念能力かとつい最近まで思っていたのだが、
インダラという赤髪男に爆笑されて以来その認識が
勘違いであると気づいた。


『トゥエルブモンスターは独自で能力を持ってるの。
私は彼らを呼び出せるだけ。契約が続く限り私は彼らを
使役できるけどね』

そう説明されて俺とは違ってすごい使い勝手のいいものだと
羨ましく思ったものだ。



【主ちゃん、今日は何くれるのー?】

「今ミルフィーユっていうお菓子作ってるからそれあげるね」

【えへへ、前の主ちゃんはこういうのなかったから嬉しいなー】

の隣に立ってズボンをつかむハイラは確かに
とても幸せそうな表情だった。

「良かったね」

【うん!!】


微笑ましい光景でカイトは帽子を深く被って口元を緩めた。

【ほほほ、今度の主殿はお優しい限りで嬉しゅうございますれど、
狩人という仕事には向きませぬ性分ですの】

いつの間にかカイトの横の椅子に座っているマコラは
カイトに話すようにそう口にした。

カイトはまた深く帽子をかぶって、ああ、と頷いた。

は優しすぎる。この仕事は不条理なもんが付き物だ。


「もう何回もそういう光景をみてるはずなんだがな」

それでも、は最初に会った時と変わらない。

いや、変われないといった方が正しいのか。


【主殿の望みは故郷への生還。いつかは離れる存在ですぞ。

それでもカイト殿は主殿への想いを背負いますかな?】

外見に違わずの鋭さにカイトはため息を1つ吐いた。

「セーブできるならとっくにしてるよ」

もう、十分抑えているつもりだ。

にこの感情が伝わらせないくらいには。


【それもそうですな】

「カイト、マコラ、アールグレイの紅茶とコーヒーどっちがいい?」

「コーヒー」

【酒を所望します】

「だから紅茶かコーヒーだって」


諦められたら、楽だったんだがな。

いつかはいなくなる存在。

そんなのはこの世界すべてのものに言えること。

それだけで手放せる存在ではない。