黒蝶陰陽師11







深い、深い闇色に支配された空間にはうずくまっていた。



『逃げ…なさい』

『父さま!!』

『この子だけは守り通します!!行きなさい!!』

『母さまぁ!!やだよ!おいてかないでぇ!!』



ああ、古い記憶だ。

父様も母様も家を出奔して町のはずれで医師をしていた。

貧しいけど、嫌だなって思うこともあったけど、
でもその場所が大好きだった。




『病人なんか匿うでねぇ!!』

『燃やせ!家ごと燃やしちまえ!!』

流行病の人たちが家に来て、感染するのを恐れた近所
の人が診療所に火をつけた。

その時、父様も母様も殺された。

別に、気を付ければ感染しないのに……。


【醜い心じゃ。人も神も簡単に心変わりをする。妾も夫に裏切られた】


妖艶な女性が光を従えての隣に降りてきた。


【憎かろう】


当たり前じゃない。


【寂しかろう】


うん…寂しかった。


妖艶な女、イザナミはその心地よい素直な感情に心を波立たせた。


妾はあのような歪に興味は持たなかったが、この娘には
いささかの好奇心が働いた。


まだ若く美しい女の体。


この体なら、イザナギは妾を再び愛してくれるやも。


心の隙を作るには、契約と闇を引きずり出す必要がある。

本当の憎しみと悲しみを知る少女。

そこらの坊主や巫女では敵わない霊力。

あのようなちんけな門も及ばない災厄を呼び出すことがこの娘は出来る。

黄泉と現世を重ね、妾とイザナギとを交じらわせることが。



【妾が親の仇討ちに手を貸してやろうか?】


……ううん。仇討ちはしない。


すっぱりした返答にイザナミはその答えに眉を寄せた。

闇を大きくしようと目論んだが、思ったよりこの娘の心が強かった。


【なぜじゃ?親を奪ったのもお主が寂しい思いをしたのも、
仇討ちの理由には十分すぎるほどじゃ】


だって、仇討ちは人を殺すでしょ?

親と同じように火にかけて、業火で苦しむように
したくなっちゃうでしょ?


【勿論じゃ。妾は子を産む際に焼け死んだ。

その苦しみは永劫忘れることはない】


私は体の傷は癒えたけど、あの熱を忘れることはない。

この憎しみも風化しても忘れることはない。

それでも、仇討ちをしたくない。


【訳が分からぬ】


人を殺して、あの憎い人たちを同じものになりたくない。

あの人たちと同じになるくらいなら私は親と同じ
人を助ける道を選んでやる。

両親の守ってくれたこの身。

あんな奴らの為に汚れるような事をしてたまるか!

最後の方は息を荒げながら言い切った。

体が、否、魂だけのこの身がどんどん重くなってくる。

限界が近い。

はそう感じたが、それでも最後まで諦めずに
魂を高ぶらせようとする。


それに、もう仇討ちをする必要はない。

あの人たちは、私に助けを求めてきた。



『子供を助けてくれ!!』

『俺の孫の命を…!!』


しがみついて来るのは憎くて憎くてしょうがない奴なのに。

手を振りほどけなかった。

子供にも孫にも罪はない。

そして私は助けてしまった。


『悪かった。すまんかった…』

『怖かったんだ…もしあの病に自分や家族が罹ったらと思うと
…でも今気づいた。あの人達はなんと素晴らしい事をしていたのかと』


手を振りほどかないでくれてありがとうと言った。

そこにいたのは憎い人なのに、ただの人で親だった。




あの人達は両親を殺したことをこれからもずっと悔やんで
背負っていく。

それは死ぬよりも辛い。


だったら殺す仇討ちはある意味彼らを苦悩から解放するだけ。

生かしておいたほうがずっといいじゃない。

イザナミはにたりと笑った。

それは、書籍に記されているように醜くなった死体のような笑顔。

それでも本当の笑顔だった。

はそれをみて笑顔で返した。



【ほんに可笑しな娘じゃ】



が見たのはそれだけ。

そこで意識は途絶えた。
















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