黒蝶陰陽師9
シャランと簪が鈴のように音をたてる。
絹の白布は着心地は最高に良くて縫い目もこれでもかという
ほどに細かい。
顔にも白粉や紅をつけて自身も更に美しさが増した。
「う〜ん流石日本一の技術者の巧みの結晶。
見た目の割りには軽いし動きの制限も少ないよ」
は用意されたキラキラしいながらも趣味の良い
服と装飾品に簡単の唸りをあげる。
これなら彼の神も文句はないであろう。
は鏡でおかしな所はないか確認すると張られた
緊急テントから出た。
「終わったのか」
が着替えている間出口の見張りをしていた魁は着替えてきたに
息を飲むものの、普段とあまり変わりない声色でそう言った。
「うん。そっちの準備はどう?」
「順調だそうだ」
「……魁兄、そんな悲しい顔しないでよ。確率は五分だし、
皆も私の負担を減らそうと頑張ってくれてるんだし」
「…何故、何故でなくてはならない。
寺社の尼や巫女を連れてくれば…「魁兄!!」
は魁の言を止めるために声を張り上げた。
「陰陽の術を使うならそれに通じた者である私がした方が
良いに決まってるでしょ。私はやる気満々よ。
国全体の存亡に代わりのない役を仰せ付かれるなんて
早々あることじゃないわ」
「拙者は、お前を失う事が恐ろしい」
利き腕を抑える魁は小刻みに震えている。
腰にある剣に手をかけない様にするためか、
はたまたを抱きしめないように自制しているのか。
「……そう言ってもらえると嬉しいな。でも、嘘は
つけないから、大丈夫って言えなくてごめんなさい。
……行って来ます」
シャランとまた簪が鳴る。
涼やかなその音は誰の耳にも残る音だった。
*+*+*+*
「だああぁ!何だこの複雑極まりない術式は!!」
真言を代わる代わる唱えていく陰陽師達の中で
垂れる汗を手ぬぐいで拭きながら愚痴を子津に言う猿野。
「猿野君集中力を切らせちゃ駄目っすよ。
それに、僕らは休めるからまだいいけど、さんは…」
「ネヅッチュー俺だって分かってるよ。神なんか人の体に
宿したら大抵の奴は体も精神も壊れちまうんだろ」
そんな大役はしかできなくて、俺たちはその補助しかできない。
頭をうな垂れる猿野に今しがたまで術を使っていた御柳と
司馬が交代して近づいてきた。
「俺たちの次の奴らで術は完成だとよ」
「(半刻後に儀式を始めるって)」
御柳は水筒の水を飲みながらそう吐き捨てて、
司馬は術で直接脳に言葉を送る。
「はもう覚悟決めてるんだ。分かってるな猿野」
責め立てるような口調の御柳。
猿野はそれに睨みで返した。
「頭では分かってるさ!それでも俺達がやるべき仕事を
細っこい女がたった1人で国全体を背負うんだ!!
感情がついていかねぇよ!!」
「それでもやらなきゃ全員お陀仏だ。これ以上門が開いた
場合、現世とあの世の区別がなくなる。
死者も生者もあったもんじゃねえ」
「(そして、すべてが混沌となる)」
「混沌?今だって十分そうだろ!?お偉いさんは自分の事だけで政治
なんかする気はねえ!盗賊も出る変な宗教団が都を徘徊する!
綺麗なのは自分の世界だけで汚いものは違う場所に流せばいいって
思ってる奴らばかりだ!!」
陽があれば陰がある。
光があれば影ができる。
それは大いなる自然の流れ。
「その中で、はそれに気づいたから貴族の世界から去った
んだろ!?なんでアイツが犠牲にならなきゃいけねえんだよ!!」
猿野は烏帽子を地面に叩きつけて前髪を無造作に掴む。
御柳・子津・司馬はそれを黙って見ていた。
それは、自分たちの心の声と同じだったから。
「あら、勝手に鬼籍の住人に決定しないでもらえない?」
司馬が、彼の少女の名を紡いだ。
「(さん…)」
シャラン
簪の音はやはり涼やかで、それはの声も同じであった。
白装束のような絹の衣も、キラキラの凝った作りの装飾品も
の自然な美しさを邪魔するものでなく、むしろ惹きたてて
いるようだった。
「場は完成したのね」
ついっと4人の後ろ奥にある円陣に目線を泳がせた。
もう自分がいれば儀式は始められるだろう。
「自分の幸せを追い求めることは、悪い事ではないと思う。
私だってまずいものを食べるより美味しいものを食べたいし、
着るなら麻よりも絹の方が着心地が良くて好きだよ」
人であれば当たり前にある感情だ。
極論、人助けなどと言っても結局は自分の心の
幸福を求めているにすぎない。
人は皆自己中心と言っても過言ではないであろうか。
「私は、死にたくない。やりたい事も沢山あるし、
死なないで欲しいと言ってくれる人もいる。
死ぬ時のふっと力のなくなる感触も、段々冷たくなるあの体温
も怖いよ。まるで、その人がその人でなくなるみたいで」
白魚とか滑らかなとかの美しい形容詞はお世辞にも使えない、
荒れた小さな手をすっと前に押し出して皆に見えるように開いた。
「それでもね、自己満足とか偽善とか言われても
命を賭けて守りたいものがこの手にあるんだ。
この手にいくつもの命がかかっているのなら、
それこそ私が命を賭けるのに相応しい。
死にたいとは露とも思わないけど守りたい。
だから、力を貸して欲しい。
この手にあるすべてを守り通すために」
の目は会った時とまったく変わらぬ澄み切った瞳。
存在するものすべてを見据えているような、そんな目。
その目を見て、覚悟を宿した。
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