黒蝶陰陽師8
「お互い他の愛する者が出来るまでの婚約。そうすればも
蛇神殿も違う結婚の話が来ても避けられるし、仕事の邪魔に
なることもないってさ」
由太郎の過去の話が終わるとなんとか皆精気が戻ってきた。
「ってことは俺に勝機がないって訳じゃないんだな?」
「そうだけど…俺は御柳が弟なんて嫌だぞ」
「これからは兄貴って呼んでやろうか?」
からかい半分で御柳は由太郎にそう言ったら
ゴツンッ
と頭に拳が降ってきた。
拳の主は怒気をはらんだ雰囲気を垂れ流している屑桐。
「馬鹿言ってないでさっさと仕事をしろ」
その叱咤が気を失いかけている御柳に聞こえていたかは定かではない。
+*+*+*+*+*+*
蛇神とは小屋の裏手まで来て、人がいないことを
確認してから話し合いのために向き合った。
「殿、この状況をお主はどう見ている?」
「まず、もう術を放った人物でも抑えきれぬもので
あることは間違いないかと見受けます。
各々の陰陽師方の結界も崩れ去るのは時間の問題かと」
「その通り也。だからこそお主を呼んだ。門を閉めることは可能か?」
「必要とあらば」
は即座に返答した。
蛇神はいつも閉じている目を薄く開く。
その瞳の光には愁いに満ちていた。
「すまぬ、殿」
「蛇神殿が謝罪する必要がどこにありましょうか。
私はただ持てる力を使うのみ。最悪の事態にならぬための
必要な判断です。時は刻一刻と迫っています。
皆様にも少しばかり力をお借りしましょう」
「それは承知の事。ただ、我ら負担の大きさはお主と
比べれば微々たるもの。都の為とはいえ、心が痛む」
蛇神はそっとの頬に触れる。
愛しいものがその手から逃げてしまう可能性を承知の上で決断
せねばならない自身の身の上に少しばかりの怒りを感じながら。
「蛇神殿、私はまだ死にたくありません。
だから、皆も自分の身も守れるように力を求めました。
その鍛錬の成果を見ていて下さい」
ふわっとは花のように可憐に笑ってみせる。
それは人の心を癒すような、自然な笑み。
「しかと、しかと見ていよう」
「はい」
この少女の唯一の男となるのは自分ではいけないのか。
非常事態と判っていてもその心のしこりを
忘れる事はできそうにもない。
+*+*+*+*+*
「屑桐、破魔札準備完了だ」
「ご苦労帥仙。陣と配置はどうだ?」
「中宮の双子の担当だが、見た目順調だった」
「屑桐君、こっちも準備ビミョーに終わったよ。
それとちゃんの禊もね」
「……やはり、気が引けるな」
屑桐の独白に剣菱と帥仙が顔を曇らせる。
「頭の言う事はもっともだし、も力量が足らない訳
じゃないが、神降ろしなんて危険な事やらせるのは、
確かに気分は良くないな」
「イザナミは黄泉の国の最高権力者で日本の母神。
女の子のちゃんの方が乗り移りやすいし、
力の発揮だって数段上だけどね……危険だよ。
下手したら、いや下手をしなくても……」
剣菱はそれ以上喉から先に出す事ができなかった。
死ぬ。が。
それは言霊にしてはいけないこと。
それを噛み締めているとがさっと草を踏む足音がした。
「3人とも通夜に出席しているような顔を上げたまえ。
本番はこれからだよ」
「御上」「帝」
「牛尾、貴様はどうするつもりだ」
「イザナミは僕ら天皇家の始祖アマテラスの氏神だよ。
せめて僕くらいいないと地に下ろすことも難しいよ」
それは、自分も儀式に参加すると言ったも同然だ。
「確かに、イザナミならこの門を閉める事が出来る。
でもそれを宿す人は女性でしかも処女であり、
尚且つ霊力も高くてはならない。その条件を今
満たしているのは君だけなんだ」
僕だって、望んで彼女にこんな危険極まりない
大仕事を押し付けるつもりはない。
でも、彼女は是と答えてしまった。
『私に出来る事であれば喜んでこの身に神を宿しましょう。
しかし、後片付けはお手伝いできなくなりますからそのおつもりで』
君は、すべてを知ってそう答えた。
「僕らは彼女の負担を最低限にまで減らさなくては
ならないんだ。頼んだよ、宮廷陰陽師達よ」
牛尾は、帝として彼らに勅命を下した。
それを3人は目に光をちらつかせて拝命した。
「「「御意!」」」
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