黒蝶陰陽師7
三年前
平安時代の貴族の男性は元服・女性には裳着という儀式を経て
成人と認められる。
数えで十二となると裳着をする少女が大半。
もその中の一人だった。
「お義父さん話って何?」
は幼少の時に両親を亡くし、父方の親戚である
村中家で世話になっていた。
義父の改まった話を緊張の面持ちでは待ち受ける。
「、今度の吉日にお前の裳着をやる」
義父の紀洋の知らせにはひとつ頷いた。
「うん。それはもう聞いたし、準備も始めてるよ」
「その席でお前の婚約者紹介するから肝に銘じとけ」
「ウソォ!!」
は義父の言葉が信じられなかった。
「嘘言ってどうすんだ。相手さんは陰陽師の名家でな、
お前の力もあることだし良い縁談だ」
裳着をする場合、配偶者となる者が決まっているか見込みのある者がいる
のがいてもまったく不思議はないが、私にはそれはないと思っていたので
ショックは大きかった。
「だからってそんな簡単に!?お義父さん本当に私の事ちゃんと教えたの!?
漢詩や歴史書読むし、見えざるモノも見えちゃう。
外にも網代車なしで普通に出かける。
馬だって乗る!そんな娘を欲しがるような家がどこに
あるのよ!いいえ、あるはずがないわ!!」
お義父さんはそれを受け止められるだけの度胸のない男には嫁がせないから
安心しろって言うからそうしてきたけど、
本当にそんな殿方がいるとは到底思えないわ!
この時代、女性が漢詩や歴史書の類を読むことは良しとはされなかった。
それどころか卑しいと蔑まれるのか常。
歴史にも名高い紫式部や清少納言も同じ理由で少な
からず悪口を言われていたそうだ。
それと網代車とは牛車の一種で割とランクの低い使い易いものである。
村中家のランクからいって町に下りるには妥当なものだ。
「それでも良いと先方は言ってくれたぞ」
さらりと告げられた事実に目を見張る。
「自分から知識を増やそうとするとは見上げた向上心。
見鬼の才能を持つとは我が家の嫁に相応しいとまで言ってくれた。
義父さんはここまで言ってくれる相手ならお前を預けられると思ったよ」
今、ここから即逃げたかったが、生憎には逃げ出す術はなかった。
+*+*+*+*+*
「魁兄、蛇神尊様ってどんな方なの?」
蛇神尊。それが義父から告げられた婚約者の名前だった。
「陰陽博士の位で行く行くは頭になるであろうと言われ
ている。客観的に見れば、これほどの良縁はないが
…が嫌であれば拙者は惜しみなく力を貸すぞ」
そう言って頭を撫でる魁の手は剣や武道の修行でごつごつの男の人の
手になっているが、その手がは嫌いではなかった。
「ありがとう魁兄。でも自分で頑張ってみる!いざとなったら三日目
の餅食べないでどこかに逃げればいいんだし」
三日目の餅とは今で言う結婚のことである。
三日間男性が女性の家に通って三日目に白い餅を
食べればそれで夫婦になったことの証明なのだ。
「…そうなる前に拙者と由太郎を呼んでくれ」
「はーい」
+*+*+*+*+*+*
裳着の日の翌々日。
御簾越しの会話が嫌いなは蛇神と一緒に
庭園の散策をしていた。
「殿は真貴族の女性で納まりきれぬ御仁らしいな。
和歌や手習いだけでない広い教養は腐らせるには惜しいものだ」
数刻語り合い、蛇神殿が素晴らしい殿方であるのは分かった。
だからこそ、私ではいけないのだ。
「ありがとうございます蛇神殿。しかし、貴族であるからこそ
このような知識を得られたのです」
穏やかな笑みを浮かべていたはふと真剣な面持ちへと変化した。
「蛇神殿、今回の話はお流しいただけないでしょうか。
私は遠からずこの屋敷を出て自分の足で歩んで見ようと思います。
このような風変わりな女よりも蛇神殿に相応しい女性は夏の木の葉
よりも多くいるでしょう」
衣の香料が鼻をくすぐった。
整えられた庭園は誰が見ても美しかった。
それは作られたからこそありえるもの。
私は作られた世界を出て、清濁混じる世界に身を置いていたい。
私は死んだ両親の娘であるからその意思を継ぎたかった
のもあるだろう。
は蛇神の返答を待った。
「そなたは、まっすぐな目をしている也。殿、
生憎ではあるが我はもうお主を見初めてしまった」
「では諦めて下さい」
蛇神の求愛をは一刀両断にした。
軽やかかつ切れ味の良い言葉の刀であった。
「私は蛇神殿のお気持ちに答えられるものを与えることは今現在無理な話です。
ならば婚約なぞ曖昧で窮屈なものでお互いを縛り付ける必要はございません」
12の子供であってここまで早口にまくし立てるあたりは拍手喝采ものである
かもしれないが、まったく蛇神の気持ちを考えていない台詞である。
手酷い振り言葉を吐かれるが、蛇神は一案考えてに
それを言ってみた。
「……ではこの様な案はどうであろうか?」
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