黒蝶陰陽師
時は平安。
魑魅魍魎・物の怪と呼ばれるもの達が我が物顔で都を歩き回り、
果てには殿上人の生活にまで懐柔する始末。
それに対抗しようという意味合いも含まれて創設された陰陽寮。
そこに属する陰陽師達は宮廷に使える者達。
しかし、陰陽寮に属さず、辻陰陽師をしている
ある少女がこの話の中心となる。
彼の少女の名は。
表の世では知られていないものの、
陰陽寮の者達に引けをとらぬ術師だった。
+*+*+*+*+
「どうなさいますか御上」
「このような事態は前代未聞」
「如何様な手をお考えになりますか」
御上と呼ばれた青年は檜扇を手で弄びながら家臣達を
御簾越しに眺める。
「陰陽寮の者達の意見はどうなっているんだい?」
「占に長じる蛇神殿の見立てでは次の満月には時が来るだろうと」
「退魔を得意とする屑桐殿は既に現場へと」
「守りを得意とする鳥居殿も準備が出来次第屑桐殿と同じく現場へと」
「陰陽師ではありませんが検非違使の村中殿も現場の手助けに向かわれました」
御上、またの名を牛尾御門は重いため息を吐いた。
「一応の応急処置はその4人とその部下の子達で平気だろうけど、根本的な解決
にはならないね。状況は分かった。明日の早朝にまた集まってくれ」
言外に退出を命じると家臣はすぐさまその場から立ち去った。
「蛇神君いるだろう?もう誰もいないから出てきてもいいよ」
牛尾は暗闇でしかないと思っていた場所に声をかけた。
「ああ」
蛇神と呼ばれた暗闇と同じ色の髪を持つ青年は狩衣と
呼ばれるこの内裏には相応しくない服装を纏って現れた。
「手だてを講じられる人物が陰陽寮の中にはいるかい?」
「否」
答えはすぐさま返ってきた。
やはりと言って牛尾は檜扇を口元に当てて
更に重いため息を漏らす。
「では、この世にいるかい?」
「是」
また答えはすぐさま返ってきた。しかも違う返事で。
「その者の名は?」
「辻陰陽師、殿也」
「女性かい!?」
牛尾は驚きに声が張り上がる。それも致し方ないことで
陰陽の術を使う女性など聞いたことも見たこともないはずだ。
「いかにも殿は女性也。しかし我が知る中で
これを止められる者も彼女のみ」
蛇神は側にあった水の張ってある底の広い鉢から花を取り出し、
水面に手を滑らせると鏡のようになり一人の女性が映し出された。
「綺麗な子だね」
牛尾はその水鏡に映る一人の少女へ素直な感想を言う。
烏の濡れ羽色と比喩するのに似合う髪。
癖のないまっすぐの髪は背中の半ばまでの宮中の女性と比べると短くて
それをつむじ辺りで結わえてあるのは日常で動く事が多いことを表している。
顔立ちは幼さの残るものの意志の強さを物語る翡翠のような目には何とも
言えぬ光を感じ、白粉をしていなくても滑らかな肌は思わず触れてみたくなる。
「いっそ僕の妻に「牛尾」
話を脱線させるような言葉を言われる前に
自身のそれで蛇神は消し去った。
「わかっているよ。それで彼女は今どこに?」
「宇治の川辺の庵也」
「誰を向かわせるつもりだい?」
「我が配下からは猿野。屑桐殿から御柳殿。検非違使村中魁殿の弟君の
由太郎殿の三人をすでに派遣している」
「…心配な組み合わせだね」
「我もそう思うが…他の者はすでに手一杯也」
内裏の一番奥で二人は最後の大きなため息をした。
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