#40 怯え
「さん…!あれは低空より浮き上がるだけの
球じゃないのですか?!」
辰羅川は驚きのあまりに詰め寄った。
「それじゃライズボールとさほど変わらないし、
すぐに眼に慣れて攻略されちゃうわ」
「だが、燕は更に改良を加えたもの。身を隠した燕は
そう易々と捕まりはせんよ……」
監督がの言葉を引き継いだ。
「あと2人、緋慈華汰さんと沖君。
絶対この二人で終わりにする!」
ユタと魁兄は私が1回だけ羅候見せたから不安要素が増す。
小饂飩さんを止められたから9割方いけるはず。
その小饂飩は打てなかった罪悪感を背負って打席から去っていった。
俺は…こんな時に役に立てないねぇで…
村中監督と魁ちゃんがいなかったら俺らがここまで
来ることはなかった。
そしたら最後の夏、今年の春までまったく野球に触れようと
しなかったちゃんを野球に戻した奴らと当たることになった。
それだけでも意味は大きい試合なのに、さらに深い
因縁の相手だっていうじゃねぇか。
だからこそ今ここで恩返しがしたかったのに…。
すまねぇ…ユタ…魁ちゃん…皆…。
「珍しく、君に不似合いな陰鬱な表情をしているな」
小饂飩を意識のるつぼから引き戻したのは
いつもいがみ合ってる緋慈華汰。
「認めたくないが…魁君を除けば小饂飩君、
君が最も著しい上達を見せ、今や特攻隊長の名を
冠するまでになっているではないか。
その君が打てないとあらばあの投手は本物なのだろう」
小饂飩の背中にその言葉は流れ込んでくる。
「儚いほどに短かったが、君とのコンビプレー
…悪くはなかったよ」
思い出すのは、私がまだ黒撰に転校してきたばかりの頃。
家の都合は容赦なく私を泥沼へと続く下流へと流すのだと
ばかり思っていた。
「へッ…もう負け決定みてーに浸ってんだよ。
死ぬ気で打てよ。この三文ナルシスト」
「やはり前言撤回だ!君のようなデリカシー欠片もない男と
組まされ私は重度のストレスだ!!」
最初はこの様な不潔で野蛮な凡人と戯れなくては
ならないのかと思っていた。
しかし、次第にきまぐれで始めた野球はずっと続けていた
テニスと張るほどに大きな存在へと代わっていった。
ここにいる仲間と全国へ行きたい…!
もっと先にあるものを見てみたいのだ!!
しかし、意気込みはむなしく、バットは三度振っても
乾いた打球音がすることはなかった。
「ストライクバッターアウト!!」
「うっし、二者連続三振!あと一人だ!!
って、あれ?沖君がベンチにいない」
は喜びもつかの間相手側のベンチの異変に気がついた。
「まぁ、こっちは何回も遅刻してるから言える義理
じゃないんだよねー」
数分経過しても、沖は姿を見せない。
『次は3番の沖君のはずですが、どうしたことか
沖君の姿が一向に見えません』
「、何があったと思う?」
犬飼がへと問いかけた。
「う〜ん、ユタを始めとして次々に選手が席を立っている
所から推察するに、沖君があっちでも見あたらないんじゃ
ないかな…あ、お義父さんも席を立った」
説得…だろうな。
沖君は……怖がりだから。
面倒くさがるのは手にあるものが零れ落ちるのが怖いから。
打てなかったら、チームの顰蹙(ひんしゅく)を買うと
思っているのかも。
「う〜ん、こっちの勝ちを考えればこのまま代打の方が
勝ち決定なんだけど……ちゃんと最後まで
出て欲しい気もするしな」
こういう考えが甘いんだろうな私。
確かに、私の野球は勝つことが最重要事項だ。
勝つからこそ、勝負が面白いと思う。
負けるのは嫌だ。
負けると悔しくて、自分の不甲斐なさが浮き彫りにされる。
でも、それがあるからこそ、それを知るからこそ勝負は白熱し、
より大事なものへとなると思ってる。
勝つ事が一番良い。
でも、勝つだけがすべてじゃない。
それもまた、真実。
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