#17 小町登場
由太郎は後ろで猿野の熱弁を大人しく聞いていた。
オメェの馬鹿力は怖くねぇけどよ、
そろそろ思い通りの球ばっか投げてやる訳にもいかねぇぞ。
見せてやんよ……兄ちゃんの真の球を……。
魁が振りかぶった。そこに、1つ今までと違う点が。
「おい一宮見えたか今の握り!?」
「よく見えねーがあのモーションはまさか!?」
ピッチャーとキャッチャー陣は気がついた。
その特異な球の握り方に。
球は打席に近づくごとに姿が不安定になる。
そのうち、明確にブレが見えてきた。
幾重にも重なった影それはどれが本体か見分けがつかない。
ズバァァン
球がキャッチャーミットに収まった。
「ストライクワン!!」
見逃した。の首筋に一滴の汗が伝う。
「へへっ…猿野いくつに見えた?今のが魁兄ちゃんの切り札」
「「魔球"小町"(だよ・よ)」」
思ったより、早く出してきたのね魁兄、ユタ。
それほどこちらを買ってくれてるのかしら。
ズパァアン
「ストライクツー!!」
「あら?っかしーな。昨夜まで特訓で睡眠不足になってるせいか?
疲れ目みてーだわ。球が何個も見えやがる」
目頭を押さえて目の疲れを取ろうとする猿野に
由太郎が思い通りの反応に喜んだ。
「だろだろぉ?でもおめーの目のせいじゃねー。
ホントにたくさん見える球なんだよ。見逃したって
だめだぞ。きっちりストライクゾーンは押さえてっからな」
そして身構える由太郎。3球目が飛んできた。
「鹿目見たか!?」
「ああまさかアレを放れる奴が黒撰にいたとは…
あのブレ間違いないのだ。あれはナックルボール……」
鹿目はそこで言葉を区切る。は力強く頷いた。
猿野は当てずっぽうでバットを振るがそんなので当たる
はずも無く空振り三振。
「あれが魁兄の真の持ち球、魔球"小町"」
「未だに攻略された事のない完全無敵の球だぞ」
と由太郎の声がかぶさった。
その事実に十二支に影が落ちた。
「オイなんだあの分身魔球は!?初めて見たぜ!!」
「猿野さん…」
スタンドの十二支も驚愕を余儀なくされる。
何人も網にはりついてその球を凝視した。
「ナハハハ三振じゃー。手も足も出んかったわ!
文句ある奴は一歩前に出やがれ〜〜!!」
打席を終え戻ってきた猿野は笑ってごまかし、最後に止めを入れる。
しかし、それに答えようとするものはいなく、以外全員
うつむいてネガティブイオンを背負っていた。
はそれを困ったように見つめている。
そんなに落ち込まなくても……。
「そういや!お前今まで空振り経験ないとか
言ってたけど攻略されて無いってどう言うことじゃ!!
兄貴の球は例外ってか!?」
猿野は唯一平気そうなへと突っかかっていく。
「は?確かに公式試合とかでは三振した事ないけど
小っちゃい頃は何度かしてたよ」
はいつの間にそんな話が出ていたのだと目を丸くする。
そして最後に空振り三振した年を思い返して見ると。
「4歳位までは」
そこまで遡ってしまった。
「「「「「幼すぎだ〜!!」」」」
一同の声がそろった。
それでは野球を始めていなかったものが大半である。
「それに、私は魁兄の小町に挑戦したことないよ。
私は中学の時は家出てて長期休暇しか2人に会えなかったし」
その長期休暇だってほぼ練習と大会に潰されてたから
1年に2週間ほどしか会っていない状態だった。
「中2の夏休みに家に帰ってきた時は制球能力が不十分だって
試させてもらえなかったし。んで冬休みからあんた達と会うまで
ソフトも野球とも断ち切った生活送ってたからね」
二人の鍛錬風景も休憩を取らせるために覗く程度の
ものだったのだから攻略法方なんて分かるはずも無い。
は大きくため息を吐いた。
「それにあの球って何なんだよ、何であんなブレが出来るんだ?」
猿野の素朴な質問に快く頷いては解説を始めた。
「それは握り方と指のはじき方に関係してるわ。
ナックルは球の縫い目に沿って球を掴む」
は身近にあった球を掴んで魁と同じように掴んで見せた。
赤の縫い目に指を置いている。
「そして指先で押し出すように投げる」
はその球をヒュッと反対側の壁にぶつけるように投げて見せた。
それは短い距離ながらも4・5個の分裂に成功していた。
「こう投げると球に回転が加わらないから空気抵抗によって
揺れながら打者に向かってるって事よ」
お分かり?と首を傾げて聞き返してくる。
投げた球が転々と床を伝って足元まで戻ってきた。
「……さん。ナックル投げられるんすね」
子津が驚いたようにを凝視する。
まぁ、それに驚いているのは子津だけでなく全員なのだが。
「普通のならね。でも魁兄にはこれにストレート並の
急速がオマケしてる。魁兄は"超高速ナックルボーラ−"
魔球"小町"を攻略する方法は私は思いつかない」
私自身も、私のナックルを打たれた事がないしね。
そして次の虎鉄先輩は球威負けしてピッチャーフライ。
3回裏へと移り、攻撃の黒撰ベンチでは作戦会議が行われていた。
「止まって見えるだと!?」
飛竜を見た村中兄弟の報告を疑いたくなってしまう黒撰ナイン達。
「あれ、飛竜ってな目にも止まんねぇ位速いのは間違いねーんだけど
投げたと思ったら全然こっちに来ねーんだ。
で、それ見てたらいきなりズバ〜〜ンってさ」
由太郎が手振り素振りを使いながら飛竜の説明をする。
魁もまた自分に投げられた飛竜をその様に感じていた為、同意した。
「え!?イヤイヤんな魔球あってたまるかよ」
小饂飩で片手を左右に振って飛竜の特性に驚きを表す。
「フフッ敵からしてみれば魁君の球も十分魔球ではないかな」
緋慈華汰はからかうように味方のピッチャーを褒める。
「うんうん、皆もさっさと色んな事諦めて来年何か目指そうよ」
沖はというと、ネガティブがどこかに去って、ポジティブにニコニコ
笑いながらあやとりでオリンピックの五輪を作って見せた。
言動はまだ黒いままである。
「テメーは明るく暗いこと言うなや!!」
小饂飩は沖に素早く突っ込みを入れた。
流石黒撰の特攻隊長。
「正体が掴めるまでこの回より全員"見"に徹せよ」
村中監督の指示が出た。全員それまでの騒がしさは身を
隠して真剣にその話を聞いている。
「"見"については一年もこの前の練習試合で学んだはずだが、
一人一球は奴の"飛竜"を引き出す様に粘るのだ」
この前の練習試合とは武軍との対戦だろう。一見は消極的に見えるが、
地道な研究がものをいう爆発力が大きい作戦だ。
「あの飛竜が来るまで球の打てる打てない関係なく前に飛ばすなと?」
「今回は練習じゃないんすよ!悠長にやってて間に合いますかね?」
今回ばかりはと何人かからは腰の低い発言がでる。村中監督はそれを
黙って聞き、大概出たところで"見"を使ったメリットをつけたした。
「飛竜を無視して多少他の球を突き、進塁した所で最後には必ず飛竜で
シメられるだろう。だからこそ正体を掴む作業が先決……。球を見て
取る者がいる限り打つ方法もまた必ずあるものだ」
プロを経験しているからこその威厳のある発言。
選手たちは一言も聞き漏らし無く真剣に耳を傾ける。
「いくら魁が今後無失点で切り抜けようとこちらは後4点
は必要だ。それだけの点をもぎ取るためには攻撃を散漫にぜず、
確実な攻略法を考えねばならん。そこで必要なのが由太郎だ」
全員の目が由太郎へと向けられた。
最も4番打者としての重みを見せ付けられる場面。
「3巡目、こいつの前にランナーを必ずためる事だ。全員があと一巡
をかけて飛竜の姿を顕にさせるのだ。そして由太郎、お前に飛竜が
くる率が一番高い。そこを突け。責任は重いが、自信はあるか?」
監督であり父である村中紀洋から問われる。
「も、もちろんだよ!皆、俺もうちょっとあの球見てべんきょー
したいんだ!そしたら俺、ぜってーあんな球かっとばしてホーム
に皆返すからさ!約束する!!」
由太郎はすぐさま返事を返して頼み込むように仲間達に
必死に言葉を投げかけた。
「俺はこいつに賭けるぜ」
小饂飩の声が由太郎の耳に響いた。
「この千両役者様がお前の引き立て役に回るんだ。感謝しろよユタ」
「由太郎君。きみは只ネットリと濃密にあの球を調べ分析するがいい。
そうしたらこの緋慈華汰を中心とした一丸で塁を埋め尽くしてみせよう
じゃないか。そして逆転を決めた暁にはスタンドの賞賛者達の賛美・
崇拝・喝采の拍手を全身に浴びる事になる。さぞ美麗な光景だろう」
打席に立つ準備を進める小饂飩と緋慈華汰からは自分勝手な
理由をつけられているが、由太郎に重荷を感じさせたいための
配慮だと聞いた者にすぐに分かる。
「うどん先輩・緋慈華汰さん」
二人が見せる背中は先輩としての威厳があった。
「ユタ、テメーが打てなかったら地元の本屋で女の子が
レジ打ってるとこいってピー本買うの刑だぜ」
小饂飩の下品な刑に由太郎は頬に汗を1つ垂らした。
俺、ぜってー打たないと色んな意味でヤバイな。
「君は毎度毎度思いつくことが幼稚で無粋で猥褻で節度がないな」
緋慈華汰は小饂飩の刑をきいて呆れたため息を吐いた。
「なんだよ、最初はちゃんにユタに見せたピー本の種類と数を
教える刑だけど流石に可哀想だからこっちに代えたんだぜ?」
「それしたら間違いなく村中家全員から
恐ろしい天罰が待っていることだろうよ」
間違いなく、村中家以外からの天罰も待っているだろうが。
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