#14 怨霊




目線を十二支側に戻す。

皆は新しい犬飼の球を見て口々に褒め称えている。

「犬飼ナイスピッチングだったZe!」

「あげん速球投げる奴そうはおらんばい」

「いっぺんバッターボックスで見てみたいよー」


「犬飼きゅーんv私婚姻届書いてきたわ。
ここに判押すだけでいいの〜〜」

「もう一緒にすむ部屋は借りたわvこの鍵受け取って〜」


グラウンドに犬飼きゅんを地獄のそこまでおっかけ隊が進入。


「すご。部屋まで借りるなんて。それに婚姻届は男性は18歳
にならないと提出しても役所の人に笑われるだけなのに


ここまでくるといっそ脱帽するといっても過言ではない。

でも一応グラウンドとベンチは関係者以外立ち入り禁止
だからすぐに撤収させられた。




2回表に移り、まずは犬君。



『9番ピッチャー犬飼君』


アナウンスが流れて左打者のボックスに入る。

黒撰も配置は終了した。


「ずりぃよな〜あんな球隠しとくなんてよ。次はぜってぇ打つかんな」

由太郎は先ほどの打席の結果でも落ち込むことなく
むしろ緊張感と興奮が高まって気合が一層入ったみたいだ。


「別に…隠してた訳じゃねぇ。それよりいいのか?
あの暗いのが続投で」

「あー沖の事か。あいつはこっからすげぇんだ」


その言葉通りだ。スタンドでも何人かが
そのオーラに気がついてる。

「あの〜。蛇神先輩。沖君の背後の奴ら、
増えてしかも凶悪化してません?」


もうあれ、ネガティブイオンとかのレベルじゃないよ。

禍々しいよ。顔が怖いよ。ぶっちゃけ気持ち悪い!!


「強大な怨霊があの少年に寄り集まっておる。

少年の陰鬱な体質が霊の温床となっているのか…」


沖にまとわりつく霊は蛇のごとくうねりながら
辺りに自分の煙に似た体を散らしていく。

ドクロを彷彿とさせる顔は見える人と見えない人
の2派に分類されているらしい。


このベンチの中で見えているのはと蛇神のみの様だ。


「どいつもこいつもうざいんだよぉ。
大人しく僕の手にかかっちゃえばいいのに」


さらに霊たちは範囲を拡大させていく。


「檜と夜摩弧先輩平気かな。あの2人はこれが
察知してしまいそうなものだけど」

「夜摩弧殿は大丈夫であろう。あの者も神に仕える身だ」


夜摩弧先輩とは3年も同じ部活にいるのだから
蛇神はその能力も知っているし、その周りにも危害は
いかないだろうとを安心させるように言い聞かせる。

変な事にならないといいけど。

1球目が投げられた。球自体にもたくさんの霊がまとわり
ついてしかも押し出すように手をかしているようだ。


投げられた新しい球"レストカーブ"はまるで地を
素早く這う生き物のように曲がった。


ガギィ

当たりが悪い。ピッチャーゴロでアウト。


「こいつはかなりのキレのカーブですね」

「変化球のエキスパートっすね。流石黒撰のナンバー2っすよ」


「ホントなら一試合かけて溜まってく憂鬱な気分を
いきなり一回で溜めちゃうんだもんな。俺しらねーぞ。

あの状態になった沖の球は生き物みてぇにグニャグニャ曲がるぞ」


どうやら由太郎にはあのすさまじい怨霊は見えていないようだ。


「先の回より球威もましておる。これも怨霊の影響か。

しかし……。殿、お主は梵字は書けるか?」


急な、しかも脈絡もない問いには首を傾げながら
肯定の頷きを返した。


「え?ええ、基本的なものであれば知ってます」

「ならば、少々手伝ってもらおう。柿枝殿、殿を借りていくぞ」

「はいよ〜」

「は?」


柿枝は了解の合図をし、は何の手伝いをするのか分からないが、
そのまま蛇神と共にベンチから腰を上げてドアの中へと入っていった。






と蛇神が消えた後も勿論試合は続いていく。

次のバッターは1番兎丸は巧みに変化球を使われてあえなく三振。

2番猪里もセーフティーバントを試みるがアウト。

試合は2回裏へを進んでいく。


蛇神がやっとベンチに戻ってきた。

しかし、の姿が見えない。

「蛇神君、君はどうしたんだい?」

牛尾はてっきり一緒に戻ってくるとばかり
思っていたので意外そうに聞き返した。


「まだ準備が残っているのでな。そちらを
頼んだのでこの回は見られないだろう」

そう言って牛尾の前を通り過ぎた蛇神から
ほのかに墨の匂いがした気がした。



攻撃の黒撰ベンチでは。

「兄ちゃん頼むよう。あの球は俺が打つんだから」

由太郎が魁の腕に掴まって駄々をこねていた。

「…ならば一球でも多く見ているのだぞ。まったく。
お前はいつまで経っても変わらないな。
昔もの球は自分が先に打つと勇んでいた」


呆れたのと昔を思い返し、懐かしく思って出たため息。

昔から一途に拙者を慕って、裏表の無い弟はやはり可愛くもある。
しかし、少し大人になった方がいいのではと近頃思う。

対して義妹のの方といえば小さい頃は泣き虫で時々
出てきた我侭はどこか筋があって困らされたものの、
年を重ねる毎にそれも減り手はかからなかった。

しかし、幼い頃からの年相応でない達観した性格が相まって
自ら知らない世界に足を踏み入れ、日に日に拙者から離れて
しまっている気がして少しは甘えてくれてもいいのに思うの
だからなんとも両極端な弟妹だと気がついた。

そう思うと今度は苦笑がもれてしまう。


拙者も由太郎の事は言えぬ我侭か。

由太郎にはもう少し大人になるよう望み、にはもう少し子供
らしいものを望んでいるのだから。



『5番ライト村中魁君』

アナウンスに呼ばれてヘルメットの具合を代えながら
打席に立った。


「ど…どうなんだ兄貴の方はバッティング凄いのか!?」
「あの豪腕で5番にいんだからそうだろうぜ」


どう考えても強打者であることは間違いないと口々に言い合う。

もちろん犬飼と辰羅川も同じようにそう考えている。

犬飼君、この方は指の力のみで雑誌を貫いた方です、
どんな打撃で攻めてくるか……。

つまり最大に警戒して飛竜を使おうということだ。

犬飼はそれに頷いて、振りかぶった。

魁の視界に見えた球は、由太郎と同じく止まって見えた。

そして、急に消えて自分の横を通り抜けた。


ズドオォン


「ストライーク!バッターアウト!!」


やはり由太郎の言うように球が消える。

アウトになって魁はベンチへと戻ってきた。


「どうだ兄ちゃん!やっぱ消えたろ!な、な!すげーよな!!」

興奮気味に由太郎は騒ぎ立てる。

「確かに並々ならぬ速さだな…」

されど捕手に見えているならばこちらも目で捕らえるのが
不可能な速さではない筈…この試合中には必ず!!


「やっぱすげーあいつ!!絶対俺が一番のりで打つぞーー!!」


その後、6・7番共に三振でチェンジ。


「犬飼このまま9回まで突っ走ってくれよー!!」
「辰羅川も気合入れて捕れよー!!」


そして、3回表で十二支の攻撃。

しかし、十二支は沖の変化球の攻略に悪戦苦闘を強いられていた。


「キャプテン。あの投手の変化球、驚異的なキレと
コントロールです。何か早急にてを打たねば…」

「僕も頭が痛いところだ。3球種もあると絞るのもままならない」


手を組んで牛尾は唸る。閉じていた目を静かに開くと
付けたしの言葉が紡がれた。


「ただ、次の蛇神君に思い当たるフシがあるそうなんだ。
手伝いに君も行ってるし、ここは彼にまかせよう」


今は蛇神に任せるしかない。

そう全員が思うしかなかった。


『次の打者は3番ショート蛇神君ですが、
まだベンチから姿を見せていない様です』


「もう黒撰の配置終わってます!蛇神先輩急いでください!!」


が聞こえてきたアナウンスで小走りで廊下を進んでいく。

隣にいる蛇神が頷いて手早くベンチへと続くドアノブを回した。


「待たせたな」

そう言ってでてきた蛇神は
……体全体に梵字が書いてあった。

さながら耳無し法師を思わせたが、こちらは耳に
まで字で埋め尽くされている。



「さあ来るがいい怨霊共。三毒である貧・瞋・痴。
全ての煩悩もろともこの三鈷棒で断ち切るのみ」


球場には異様なざわめきで埋め尽くされていた。

それはそうだろう。誰が球場で、しかも高校野球の試合で
こんなボクシングのパフォーマンスじみたものがあると考えた
者がいただろうか。否、いるはずが無い。


「ひぃ、体中に梵字が!?」
「本気か!?いくらピーでもカブき過ぎだろ!!」


その様子を見た黒撰選手には大きなざわめきが一気に広がった。


「何!?何が始まるの〜蛇神先輩!?」
「アンタ最高だZe!!」

さん、もしかしなくてもあれ書いたの貴女ですか……」

辰羅川がずり下がったメガネをあげて確認した。

すでに問いではない、確認だ。

「そうよ。いや、短時間の間にあれだけ書くのは大変だったよ」




数十分前。更衣室にて。


「蛇神先輩、本気でやるんですか?」

「有無。あのままではあの変化球を打てない
どころか少年の身が危ないのでな。致し方ない」


上半身裸の男と緊張している女子が誰もいない部屋に2人きり。

シチュエーションとしては危ない香りを漂わせるのだが、
用意してあるのは何故か硯箱と筆。


「そうですか。それでは」

意を決しては筆を握って墨を染み込ませた。

そして素早く、そして書いた文字を消さないように蛇神の背中からに
隙間無く梵字で埋めていく。蛇神自身も自身の体でかけるところを
自分で字を埋めていく。

この作業をする手伝いには呼ばれたのだ。




「まさかこんな所で耳無し法師の和尚さんの苦労
を知る事になるとは露とも思わなかったさ」

人の体って凸凹あるからなんとも書き難い事この上ない。

墨がすれてしまわない様に気を付けなければならないし。

うん。今までの書写で一番疲れた。










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