#13 飛竜
『4番キャッチャー村中由太郎君』
「呼んだか?そんなに俺と戦りたかったんだ」
物干し竿を手に再び1週間前と同じカードが出来上がった。
「もうこれ以上好きにはさせん。見てろ」
この前の借り返してやる。
「あっそうそう、審判少々タイムお願いします。
メガネを付け替えたいのですが」
審判の許可を得てタイムを取った辰羅川。
「さん。メガネケースがベンチに置いてあるので
持ってきてください」
辰羅川の言葉を聴いてはメガネケースを探した。
そして。先程まで辰羅川が座っていた場所には銀色の
メガネケースが大事そうにタオルの上に乗っていた。
「メガネってこれか。今いくよ」
はそれを持って打席へと小走りに近づいて行く。
「はい辰君」
は辰羅川のところまでいくとそのケースを手渡した。
「ありがとうございます。こちらのメガネを入れて
しまうので少し待っていてください」
辰羅川はそれを受け取り後ろを向いてメガネを取り替える。
「おー何だ?うどん先輩みたいにはいせんすなのつけんのか?」
由太郎が興味深そうにどんなメガネなのか楽しみにする。
「え、まぁメガネも顔の1部だといいますし」
「いや、小饂飩さんのあれはメガネじゃなくでゴーグルでしょ」
「ああ、そういやそうか」
のツッコミに納得してしまう由太郎。
「お待たせいたしました」
辰羅川が立ち上がって向き直る
「ああ、代え終わった…ってうわ〜!!
メガネが顔の1部になってる〜〜!!!」
顔全体に根をはるメガネに由太郎はヘルメットが
脱げる程に仰天する。
「パラサイト植物!?」
枝が生えちゃってるよ!?
「おっとこれは失礼。こっちが本物です。
これは音瓶高の方からいただいたものでした」
辰羅川はケースの底を開いて下から普通のメガネを取り出した。
しかもあの学校から!?バイオ技術でメガネ作るの!?
この時は初めてメガネの将来を真剣に
考えたほうがいいのかと思った。
「あーもう驚かせないでよ。終わったなら私は戻るね」
なんとか持ち直しては前髪を掻き揚げた。
お猿君以外の人がギャグすると普通に驚いちゃうよ。
まだまだ甘いと自分を叱咤する。
「ええ。また元の場所に置いて下さい」
は手を上げて了解を示してベンチへと戻った。
「只今戻りました」
ベンチに戻ってきたは軽く挨拶をしてから
またタオルの上にメガネケースを置いて元の席に座った。
「おうご苦労さん」
監督が挨拶を返した所で犬飼が投げた。
球種はストレート。それでも投球そのものは格段の
進歩を見せている。だが。
ガキィィン ガシャッ
バットの上っ面に当てた。球は後ろのフェンスに跳ね返る。
「ふぁ、ファール!」
それを確認した審判がどもりながらファールを宣告。
「なんだこんなもんか。次はかっとばしてもいいか?」
次は前に飛ばしてやると由太郎が発破をかける。
「いきなりタイミングあってんぞ」
「犬飼の球は走ってるのに…なんて奴だ」
犬飼の球威はすでに高校生の範囲を超しているのに
それでもひるまないどころか一発で合わせてきた実力。
初球から当てた人間はこの十二支では1人もいなかった。
「確かに投球は以前より進歩が見受けられる。
だが由太郎を止めるには遠く及ばぬ」
魁には犬飼と由太郎の勝負は目に見えているらしい。
それはこの前の勝負を忘れてはいないということだ。
犬飼が2球目を投げた。
「また蛟竜か!」
「駄目だ同じ球はあの時の二の舞だぞ!!」
その通り、同じ球が通用するほどユタは甘くない!
しかし、それは蛟竜ではなかった。
弧を描いて、球道を滑っていく。
「チェンジアップ!?タイミングはずしたっす」
「それじゃ無理よ駄目!」
が叫ぶと同時に、バットは金属音特有の鋭い声を鳴らした。
ギイィィン
球は伸びてアウトラインを越して場外へと姿を消した。
「ファール」
「いっけね。ちょっと慌てちまった」
先ほどの緩急差でも一歩もひるむ事のなかった
その能力の高さにバッテリーの2人が冷や汗を頬に伝らせた。
「よくあの犬飼の剛速球の後に緩急つけられて打てるな」
「それほど経験値が高いってことか」
その背後から聞こえる会話には人事の様に聞き流していた。
う〜ん小学校からユタとか魁兄実験台にして色んな球種
を試してたからな。
リストも頑丈だし、2人共どんな
緩急でも追いついちゃうだろうね。
村中兄弟の経験値を貯めるのに一番貢献していたのはだった。
「何モタモタしてるのだ二人共!
わざわざメガネ付け替えたり何のだ!?」
鹿目が監督の後ろでイラついた様子で立ち上がった。
自分が出れない悔しさも相まって1年バッテリーが
うまくやっていないのは耐えられない。
「……あのメガネはこれから来る…新魔球のためのものだろう」
監督が静かにマウンドを見つめながら
真一文字に口を結んでいたのを少し緩めて
回答に近いヒントを与えた。
体を捻らせ振りかぶった。
風を打ち砕くかのように力強い投球。
由太郎は球が来るのを待ち構える。
が、球が、途中で停止してしまう。
え?!何だ…止まってる。
思考にノイズを紛れさせ、その隙をつくように
球は由太郎の横を通過していった。
ズドオオォォン
キャッチャーミットに収まった。
その時にも、由太郎はまだ待ち構えた姿勢のままだった。
「見えましたか…村中由太郎くん。第二の秘球…"飛竜"は…」
「ストライク!バッターアウト!!チェンジ!!」
チェンジを言い渡されても動こうとしない由太郎
に辰羅川はしてやったりと得意そうに声をかけた。
「声も出ませんか…。まぁそれも無理からぬ事
ですかね。なにしろ目にも止まらぬ球ですから」
はっと辰羅川に声をかけられて由太郎はやっと動いた。
目にも止まらぬ速さ。
目に、止まって見える球。
十二支サイドのスタンドでは犬飼の新たな新魔球の
登場にテンションを大いに上げている。
「うぉ〜すげーよ犬飼!!」「見えなかったぜー!!」
見えない者は危機感を感じるべきだ。
それに対して華武では。
「桜花。貴様は今の球捕れそうか?」
屑桐は桜花の方も見ずに問いかけた。
屑桐は犬飼の球は練習試合で見ている。
それでもたったの1カ月位の間であの球は成長を強めていた。
「ブハハハ、ナメるんでねぇ。今の球ハエが止まるかと思うたわ!」
つばをとばして笑い飛ばす桜花。
それとは反対に御柳は静かだった。
次の猿真似は飛竜ねぇ…。イイゼ、どうやらテメェは
全部まとめて打ちこまねぇと目が覚めねーみてーだからな。
新しいガムを口に放り込んだ。口の端に八重歯が見え隠れする。
犬飼の球、否、犬飼自身をあざ笑うかのように。
1回裏3−0で十二支優勢。
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