#06 冥土からの土産





『ピッチャー1年沖君』


アナウンスで流された名前は魁ではなく沖。


「あっ!?1年が先発だってよ」

「村中はまだ投げないのか!?」


十二支のベンチではまさかの配置に動揺が走る。


「魁兄はまだですね。ほら」


が指差すのはライトを守る魁。

「最初は魁兄は温存か……。私は沖君が変化球中心の
投手って事しか知らないんだよね。

侮れない相手である事は間違いないけど……」


ここは様子を見るしかないか。


『1番センター兎丸君』


「プレイ!」


アナウンスで最初の打者である兎丸が呼ばれ、
主審の合図で構えた。それと共に沖の足が上がって振りかぶる。


投げられた型はサイドスロー。

大気の壁をなぎ払い迫る球が、落ちた。


“ダウナーシンカー”


それは欠点を探るほうが困難なほどの完璧だ。

兎丸はバットを振るものの。

ブオォン スパアァン


数コンマの差で2つの音が聞こえてきた。

「ストライーク!!」

空振り、1ストライクを告げられた。

「どんなに空元気の馬鹿でもこの球にかかれば
生きるのもめんどくなるよ」


出だしは好調。沖の告げる言葉の後に。


ドタッ


「あだっ」


っと兎丸が尻餅をついた。


「え?何もこける事ねぇじゃん。
そんなにびびった?今の球?」


キャッチャーの由太郎がそれを見て勘違いをした。


「おーいスバガキどうした!?」

「大丈夫っすか兎丸くーん!」


十二支ベンチから心配する声をかける。


「力みすぎたね。次は大丈夫だよ」


自分の能力を制御し切れなかっただけだから。

体が横に反れ、2球目が投げられた。





生きるのめんどいって…
今の僕にはその言葉すっごくムカつくよ。

僕は合宿で1回死んだ。


あの時は2度と野球が出来ないって物凄く

物凄く悲しくて、ちゃんがいなかったら

今も立ち直れなかったかもしれないのに。

もう、あんな思いはしたくない!!!



ドズッ



重い当りが、振り落とされたバットから生み出された。


「出た〜ギロチン!!!」「超ダウンスイングっす!!!」


バットから放たれた球は空を駆け上がるかのごとく急上昇
していく。そのバウンドは今までの比ではない。


「そう。これが冥土からの土産だ」


監督のしてやったりと引きあがった口元
を見ているものはいない。


皆がグラウンドの球を目で追っているから。


「それが、黄泉を見た者が得たものだよ」


同じように、の呟きも歓声に吸いこまれる。




自分が球をヒットさせた事を感じるかどうかの瞬間に
ファーストのベースに向かって走り出す。


高く上がった球はやっと上昇を止めて
重力に逆らわずに落ちてきた。


「ヒジカタさーん頼むよ!!」

由太郎が球の方向を確かめて軌道上の一番近い
緋慈華汰に指示を出した。


「分かっている由太郎くん」


ハイジャンプでショートの緋慈華汰がキャッチ。


「完全完璧に捕ったよ!そう安打などあっては
ならないのだ。君は一塁で抹殺するよ!」


「…ちが…セカンドの方だ!!」


緋慈華汰の手を止めるように沖が兎丸の位置を示した。

その言葉どおりに見て見ると兎丸はすでに一塁の
ベースを踏んでセカンドへと向かっている。


第一弾加速発動。


「VR発動。そのまま突っ走れ!!」


は十二支以外の者が聞けば無茶な注文だと言わざる
得ない台詞に従うように兎丸はもう一段速度を速くした。


第二段加速発動。


「V2!!」


まだ数mあるきょりからヘッドスライディングをかます兎丸。

セカンドの斎灯のグラフにショートから球が届いた。

「こいつ!!」


ズザザザザザ 


どちらが早いか。否、兎丸はグラフを避けて
ベースに手が届いていた。


「セ…セーフ!!」

審判の判定に十二支から沸きあがる歓声。


「よっしゃー内野安打でツーベースヒット!!」

「兎丸ナイスランだぜ〜!!」

「やった兎丸!愛してるぞ〜」

「めでてぇテメェは十二支の誇りだ〜!!」




「嬉しいのは当たり前だけど、随分上が騒いでるわね」

「まったく、どんちゃん騒ぎも程々に…」

と辰羅川がたしなめようと上のスタンドを
見ると、そこには巨大どんぶりに入った相撲取り
並の体躯をした人が日の丸扇を掲げてどんちゃん騒ぎを
盛り立てていた。


「誰ですかあなたは!?」

「新手の変態じゃない?
辰君またメガネが割れてるよ。
でも、予想以上に成果が出たものね」


「ええ。ギロチンといいVRの加速といい以前よりも
遥かにキレが増しています。これもあの地獄の合宿
で得られた力なのでしょうか」


は満足気に頷く。


「そうだよ。皆が必死に付いて来てくれたから」

「肉体だけの問題ではないぞ。ふっきれたお前に
怖いものは何もないはずだ」



久しぶりの野球……。走塁の感覚。

こんなに楽しいなんて……。

僕、これからもグラウンドを

走り続けてもいいんだよね……。





監督は経験者としてのもう1つの効果を教える。

精神的な強さは時に肉体の強さを上回る。



「これで、6:4てとこか」


これでも。まだ決定打には足りない。

それでも、1週間前と比べたらいくらでも近づいた。



「フフ…なんちゅー韋駄天じゃい。
こんなん育てておったんか十二支は」



慌てず試合をみる村中監督は義娘が反対のベンチで仲間を
手を叩き合う様子を一人の父として誇らしくも思い
またまた野球を楽しんでくれる事に大きな喜びを感じざる得ない。



「また、いい仲間見つけたじゃねーか」


これだったら、あの話を進める事になんの躊躇も
しなくてすみそうだ。

















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