#18 怒り
スタンドで観戦していたのはセブンブリッジ学院野球部レギュラー5名。
「武軍 狂走。負傷者 発生」
霧咲は飴を口から取り出して特徴のある熟語のみのしゃべりで実況。
「あいや〜〜、痛そうネ、あの仏陀サン。気の毒ヨ」
ワンタンが本当に気の毒そうにグラウンドを見つめる。
「そうね。いけないわ。下手したら内臓破裂も有り得るわよ。
これだから野蛮人ってキライなのよ…まぁちゃんの処置は的確に
出来ていたみたいだから応急処置の面は大丈夫だろうけど…」
紅印がため息を吐く。それでも油断はできないと物語っていた。
「ここでキレちゃだめだぞ、てんごく君…」
鳥居凪の兄・鳥居剣菱が、食い入るように猿野を見つめていた。
「テメェ!いい加減にしとけよ!?
さっきから汚ねぇ手、使いやがって!!
一生懸命やってきた人間の夢ぶっ潰して!
テメーら楽しいのかよ!!」
この状況をつくった張本人の武蔵に掴みかかる猿野。
「調子に乗るなよ小僧が!!
避けきれねー方も悪ィんだろが!!
人聞き悪ィ事言ってんじゃねーぞ!!
夢ってな、どの道試合で負けりゃ全員終いだろうが!!」
猿野に対抗するように頭に血を上らせる武蔵。
一触即発で殴り合いが始まってしまいそう。
止めに入ったのは、牛尾。
「やめたまえ!!乱闘騒ぎは、高校球児にあるまじき行為だ!!」
「うるせぇ〜!!!あるまじき行為って、じゃあコイツらは何なんだ!?
陰でチクチクやってりゃいいってのかよ!?」
あんのバカが!!
「こんな奴ら一発ぶん殴ってやりゃいいんだよ!!
オラ来いよ!オレが一人残らずぶっとばしてやる!!」
「おい、バカな事はやめろ…!!皆抑えろ〜〜!!」
誰かが叫んだ瞬間。
ドコォォ。
「かはっ…!」
猿野の腹に、膝蹴りが決まっていた。
「…落ち着け。猿野天国」
「オイ、!…てめぇ何しやがっ!」
素早く後ろに回って手を捻り、猿野をとり押さえる。
「イデッ!!」
「ここで、騒動を起したら、全員が後悔する事になってしまう」
その言葉に臆する事無く、猿野は吼え続けた。
「意味分かんねぇぞ!コラァ!何がこっちの負けだぁ?
ナメられてんのを黙って見てろって言うんかよ!?」
手に渾身の力を込めて振り払う。ようやく見れたの顔は、強く、冷静。
なのに、その瞳には俺以上に怒りと悲しみを宿していた。
それに負けぬ様、さらに声を張る。
「邪魔すんじゃねーーー!!
このままじゃ気が済まねーんだよ!!」
「猿野君!!」
牛尾の制止に、終に猿野の動きが止まった。
「君の気持ちはわかった。でも、ここで傷害騒ぎになったら、
その時点で僕ら全員の夏が終わるんだ」
「…うっ」
「蛇神君を思うなら、僕らのしてやれる事はただ一つ。
彼がまたこのグラウンドを踏める時が来るまで、
ここで勝ち続ける事だけだ」
猿野を解放する。きつく握った拳を震わせた猿野は数秒後。
「…はい…」
ようやく怒りを閉じ込めた。
やがて。蛇神先輩の元に、タンカと医務員が到着した。
タンカに蛇神先輩を乗せると、運び出す。
「お…おい!蛇神先輩をどこへ連れてく気だ!?」
「医務室だ。場合によっては病院に搬送する。さ、急ぐんだ。道を空けなさい」
「いえ、すぐに病院へお願いします。腹部に強打。意識混濁。
これだけ揃っていれば十分です」
タンカをもつ男性に進言する。
外部から見る限りはまだ大丈夫に見えるが
そう言い切れないのが腹部強打の怖い所だ。
「あ、ああ分かった」
それを聞いてすぐに119番を押す。
「夜摩孤!私らも付き添い行くよ!」
「ええ!」
3年の女子マネがそれに反応し、応援席を立ち去った。
猿野がタンカに駆け寄って。
「へ…蛇神先輩!!このバット…守備が終わったら
返すって、言ったじゃないっすか…」
バットを握り締める。
「それに、どうしてオレなんかに、こんな大事なモンを…?」
返事は、ない。
「なぁ、蛇神先輩!起きてくれよ!!
アンタらしくねぇだろ、こんな姿・・・」
「猿野天国!いい加減にしてくれ!!
犬飼冥、蛇神先輩から離してくれ!!」
は猿野にしがみつく様に止めるが、やはり力ではアチラが上。
犬飼に頼んで猿野を無理やりタンカから遠ざける。
「…あ…」
もがく内に、タンカはグラウンドを出て行った。
「……チクショウ……チクショウ…」
「ゴメン。でも、今の蛇神先輩は一刻を争うんだ…。の時みたいに…」
私の頭の中ではその時の光景がフラッシュバックする。
『!!!起きてよ!!』
今の猿野は…あの時の私と同じ……。
「だから、今は耐えて欲しい」
唇を噛み締めて。痛みを、怒りを、悲しみを。必死に閉じ込めた。
同じ、過ちは繰り返したくない。
「チクショーーーーーーー!!!」
猿野の咆哮だけが、グラウンドに響き渡った。
NEXT