#08 華武高校
朝5時。
は門も開いてない時間に壁を乗り越え、
剣菱のシャツを取り込み、そのまま走りこみに戻った。
一旦家に戻り、今度はバスに乗り、華武校前まで来た。
監督に
『華武だけは絶対押さえろ』
と言われてから電話で3回も断られ、
4回目にあちら側の練習に付き合う形でやっと渋々ながら受け入れられた。
書類はコッチが全部作り、
今度は直接それを華武の菖蒲監督に渡しに行く事になったのだ。
『次は華武校前〜華武校前〜』
アナウンスを聞き、私は席の隣のボタンを押す。
到着後、職員室に行ってみるとすでに1軍用グラウンドにいると
他の教員から聞き、お礼を言ってそちらに向かった。
グラウンドに向かいながら辺りを見回すと
公立と私立の差を思い知らされ、思わずため息を付いてしまう。
うちもグラウンド2つ欲しいな。せめてもっと部費があればなー。
さて、菖蒲監督を探さないと、教員に聞いた特徴は
狐面を付けた大正時代を思わせる和服の人だよね。
随分個性的な服装だけど、本当にそんな人いるの…………いたよ。
お目当ての人物はベンチに座り、仮面を被りながら大福を食していた。
は野球部の関係者に普通を求めていけないような気がしてきた。
……野球部関連には常識の2文字は存在しない。
そんなものは忘却という川に流してしまおう。
あまり近寄りたくないが、ここでじっとしている訳にも
行かないので思い切って声をかけることにした。
「お早うございます。華武校野球部監督の菖蒲監督ですか?」
「その通り故」
ビンゴだよ。
「先日お電話でお話しました十二支高校野球部マネージャー
1年のです。本日は書類を届けに参りました」
目上の人と初対面の人には敬語を使うと吉。
それがの小さい頃から学んだ教訓だった。
「ほお、そちが十二支の者か。時間も敬語も態度もこの頃の女子高生に
しては中々のもの。褒めてつかわす」
大仰な態度だが似合いすぎていてあまり嫌な感じはしない。
「有難う御座います。これがこの度の練習試合の書類と申し込み書です」
そう言って、封筒を手渡す。
「有無。時には掃除は得意か?頼みたい事がある故。
それを受ければ書類を受け取ろう」
つまり、やれと。
「分かりました。引き受けましょう。何処の掃除をすれば良いのですか?」
ちゃッちゃと片付けちゃいましょう。
「我が野球部1,2軍部室の掃除を頼む故。
道具はあるものを使って構わぬ。
そしてその敬語も緩めて良い故。猫を被るのは大変であろう?」
お面をしていてもにんまり笑っているのが分かった。
華武の監督は今迄の中であらゆる意味で最も分からない人物のようだ。
「了解しました。では部室の場所と水道、ゴミ置き場を教えて貰えますか?」
「部室はこの道をまっすぐいった突き当たりにある。水道は隣に水のみ場がある。
ゴミは後で部員に運ばせる故、外にまとめて置いてよい。
ロッカーの中も我が許す故片付けてしまえ」
華武は部員数が相当いるから気合入れてやりますか。
*
「…ココまで汚いとは…流石、男の根城だね」
目の前に広がるのはかなり汚い床とそこに散らかっている物。
ロッカーもベンチも泥でたっぷりだ。
「洗濯機が隣にあって助かったわ」
まずは床とロッカーの汚い衣服をドンドン洗濯機に放り込む。
洗っている間に空き缶やら、お菓子の袋やらまさしくゴミ
と言える物をゴミ袋にいれていく。
中にはあまり学校にあってはよろしく無いだろう
と思われる物も少々出てきたが、気にしないで置く。
落ちている私物は一旦外に出し、床を何も無い状態に変え、
濡れ雑巾で床とベンチを拭く。
ここで洗濯が終ったのでさっき発掘した洗濯紐で干していく。
…にしても、ユニフォームが紫色で異様な光景に見える。
華武って共学なのにマネいないのかな。
っていうか、もしかして黒選の部室もこんな状態じゃないでしょうね?
※実は大当たり。
ロッカーの中の片付けも終了。
周りの点検をしてやり終えていない箇所を綺麗にして出していた私物をベンチに置く。
掃除完了!!
洗濯は後で取りこむか各自取り込んで貰おう。
「後は、菖蒲監督に報告かな」
グラウンドへ戻ると野球部員が活動をしていた。
私の前には折れたバットが積み上がっている。
……流石は県下NO1の強豪華武。練習量から違うか。
「菖蒲監督、掃除の点検お願いします」
「もう終ったのか?」
「洗濯物は乾いていないのでまだですが、中は終了しました」
本当に大変でした。
「八手、屑桐をここへ」
「はい」
ひょろりとした体付きの人、八手さんが顔の半分が火傷に覆われている
気迫が凄い人に駆け寄り、こちらに連れてくる。
あの人が屑桐さん?確か華武のエースピッチャーで主将だよね。
「お呼びですか?監督」
「有無。こちらのがお主等の部室の掃除をした。
点検に参る故ついて来るがよい。、挨拶する良い故」
「はい。始めまして、1年のです。
今回は練習試合の条件として部室の掃除を言い渡され、
こうなった次第です。貴方が主将さんですか?」
無愛想に頷く。
「屑桐無涯だ。3年で、ピッチャーをしている。
本当にあの部室を掃除出来たのか?」
訝しそうにを見る。
「掃除のし甲斐のある部屋でした」
はそれに動じることなくあっさり返答を返す。
「では参る故」
私達は監督の後をづいていき、少し話をしながら向った。
その間に私と屑桐さんは随分仲良く慣れた。
*
八手から監督の伝言を聞き、そちらへ向うと1人の見知らぬ少女が立っていた。
「始めまして、です。
今回は練習試合の条件として部室の掃除を言い渡され、
こうなった次第です。貴方が主将さんですか?」
初対面の人間―特に女子供―は必ずと言っていい程、
俺を見ると怯えたり、奇怪だといったような目で見てくる。
だが、はそんな様子を全く見せない。
それどころか俺に微笑みかけた。それが不思議でしょうがなかった。
だから、あんな間抜けな質問をしてしまったんだろう。
「は、俺が怖くないのか?」
「何で屑桐さんを怖がらなくちゃいけないんですか?」
そう返されて、返答に詰まる。
「うーん。怖い…顔はちょっとそんな感じですよね。
でも、それで貴方自身をそう判断するには材料が足らないでしょう?
顔と雰囲気だけでは人を判断するのは危ないですよ」
そう言い切れる彼女を、素晴らしいと思えた。同時に、嬉しかった。
「そうか…」
「とは言っても見た目であだ名を付けることは良くしますけど」
人懐っこくて、しかし、おべっか等の思惑をを感じない笑み。
……彼女に会えて、この笑顔を見られた事に、感謝したい。
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