5 「無汰か…!?それに…いや、今はそれより 無汰、どうしてお前がここに!?」 そりゃ小学生がまさか兵庫まで来るとは思わないよね。 「俺のためてた貯金箱割ってきたんだ…母ちゃんは行くな って言うけど…兄ちゃんがいなくちゃ…」 「おい、まさかお袋に変わった事でもあったのか無汰!?」 焦りと緊張の顔で屑桐は無汰の側に寄ろうとすると 同時にドアから御柳、録、白春が出てきた。 その後ろでは何人かが興味ありげにこちらを見ている。 「ちょっとなんすか!?さっきから怒鳴り声で煩いすよ。 今日の試合もどうも奮わないし…って何でと 屑桐さんの弟がここにいんだよ」 御柳は苛立たしげな口調から疑問を含んだ口調に変化した。 「ぢゃんが無汰君連れてぎたング?」 白春の問いかけには無言で頷いた。 それから、と無汰の周りに人だかりができる。 「なんだなんだこいつかわいーな〜。ホントにあんな 怖ーいお兄様の弟さんかい?てっきり弟も華武連中ばり のフェイスペイントをしてると思ったよ」 「これは華武高の校則気」 猿野の見当違いな間違いに録が訂正を入れる。 「兄ちゃんのこと悪く言うな! それに人の頭に気安く触んなー!!」 無汰はじたばた暴れて猿野の手に噛み付こうと するが、その前にの手が静止を促した。 「無汰君、今はお猿君にかまってたら時間の無駄」 の怒気のある台詞に全員がたじろぐ。 「事情は無二子ちゃんから聞きました。 お母さんが甲子園出発前日に倒れたそうですね。 そして、今日、手術するんですよね」 事情を知らない埼玉選抜全員が目を見開いた。 「何で誰にも言わなかったんですか。 そりゃ、私には言えない状態がずっと続いてたのは認めます。 でも、甲子園直後からお母さんが入院していたってことは 雪さんどころか菖蒲監督にも、桜花さんにも相談しなか ったんでしょう?」 屑桐から、肯定も否定もこないうちには喋り続けた。 「無涯さんが家族大好きで、家族も無涯さんが大好き なのを知っています。 私も家族大好きですから、今すぐに側にいてあげたい 気持ちが分かります。 でも、その気持ちを抑えてまで野球をしなくちゃい けないことが分かりません。 断言します。埼玉に戻らないと後悔します」 「姉ちゃんの言うとおりだよ兄ちゃん!! 早く帰ってきてよ!!」 無汰が屑桐の腕を引っ張った。 「駄目だ」 屑桐の言葉は、冷たく感じた。 「今戻ってもお袋は喜んではくれんだろう」 無汰の目が水で溢れそうになる。 が口論を続けようとすると、牛尾がを止めた。 「牛尾先輩離して下さい」 の腕を掴む手の主は首を振った。 「駄目だよちゃん。今の君に屑桐を殴らせる 訳にいかない。 屑桐、意地を張らずにここは帰るべきだ」 ギリッと軋む音がした。 「……うるさい」 屑桐の両目に、憎しみに似た怒りが映し出される。「俺の過程について貴様に口出しされるのが 最も煩わしいと何故気づかんのだ牛尾!!!」
「煩わしくても誰かが言わないと君が気付かないからだよ」 牛尾はさらりと屑桐の怒声を受け止めた。 怒気を放った屑桐は呆気にとられる表情をみせる。 「3年前、君の逆鱗がどこにあるのか僕は知らなかった。 あんなに嫌われたのは初めてで、どうすればいいか分から なかったからここまで来てしまったけど、今は違う」 は、掴まれた腕に熱がこもるのを確かに感じた。 「もう僕は3年前の僕じゃないから言うべき事は言うよ。 屑桐が今優先すべきことは野球じゃなくて家族の 支えになってあげることだ。 僕は、否、僕らが君に"俺が帰るまで後は任す" と言ってもらわなくちゃいけないんだ」 まっすぐに、そう、3年ぶりに再開した卍高校の時と 同じように屑桐と目線を合わせて牛尾は言った。 「癪ですけど、その牛ヤローの言うとおりだ屑桐さん。 アンタ俺達まで信用できないんですか?」 「オラ達がいるから屑さんは安心してお母さんの所 行って来るング」 「留守番くらい楽勝です気(^v^)b」 「ミヤ君、白春さん、録さん」 「どうやら話は決着がついたみたいだね」 ドアの側で話を聞いていた白雪が話の折を見つけて顔を出した。 「ピッチャーは交代する。お母様に会えないまま、もしも の事があれば君は野球では償えないほどの後悔を背負って 生きていくんだよ。 一戦抜けたくらいでプロ入りの道は閉ざされたりはしない。 お母様の無事を見届けたらまたここに戻っておいで」 「無二子ちゃん、泣いてました」 は屑桐の背中に言った。 「早く帰ってあげて安心させてあげて下さい。 頼る人が側にいないのはとても辛いんです」 が懇願する。 屑桐は唇を強く噛んだ後に無汰の頭に手を置いた。 「恩に着る」 搾り出した礼をした後、二人は急ぎ足で去っていった。 後は、全力を出して徳島との試合に臨むのみ。 NEXT