ドリーム小説

3



埼玉選抜2回戦当日。
そろそろ、球場に行こうか。

玉の汗をかいて指の布がない手袋でふき取る。
それからギュッと手袋の布を引っ張って、眺めてみた。

別にこの場所にいる大部分の人がマメを潰した跡と女の手
らしくない皮の厚い手をしているから、自分の手が他人に
不快を持たせることなど気にしなくてもいいのだけれど、
これがないと落ち着かないくらい習慣になってしまった。
手はどの体の部位よりも如実にその人の生活を語る。
の手は言葉で語るよりもすぐに、女ではあり得ない
と言われる実力の糧となった練習量と時間を教えてくれる。

「さんケータイがブルってるよ」

のケータイはバイブ機能で揺れ、電話が
鳴っていることを主張していた。

「うぁっと!ありがとうございます菅沼さん」

チームメイトに教えられ、はケータイの通話ボタンを押した。


『お姉ち゛ゃぁん〜!!』


甲高い子供の泣き声。


…え、その子誰?とどういう関係!?


その場にいる全員の共通したツッコミが言葉でなく
オーラで伝わってくる。

「え、もしかしなくても無二子ちゃんだよね?
どうかしたの?」

本名屑桐無二子。
苗字の通り、屑桐無涯の妹だ。
※	無汰以外の屑桐弟妹の名前は勝手に命名。
ネーミングセンスが悪いのは屑桐母でなく
筆者の紙屋。
屑桐弟妹との関係は番外にて記載。

『無汰兄ちゃんがいなくなって…お母さんの手術今日
なのに…無涯兄もいないから…』
「お母さんが手術!?それで今そこに無汰君がいないのね?」

緊迫した屑桐家の事実に呆然とする暇すらない。
は必死に現状把握に努める。

『多分ね、無涯兄ちゃん連れてきたいんだと思うの。でも、
甲子園に行ってる知ってる人お姉ちゃんしかいないの』
「いつから無汰君はいないの?」
『え…朝起きたらもういなかった』

無汰君はしっかりした子だから経路くらい調べてくるだろう。
でも新幹線を使うほどお金持ってるとは思えないから
きっと鈍行で来る。

「無二子ちゃん、お母さんの病院の名前は?」
『んとね、辻総合病院』
「わかった。出来るだけ早く二人ともそっちに行ける様に
私も頑張るから、無二子ちゃんもお母さんと無限君と無斗君
を励ましてあげてね」
『っうん!』
「じゃあ何かあったらすぐに電話して」

ピッ
通話を切ったと思ったらまた電話をかける。

「あ、伊藤先輩こんにちは。
あ、試合見てくれたんですか、ありがとうございます。
あの、大宮から兵庫の西宮まで鈍行でどのくらい
かかりますか?……特急を使って4時間、結構早いですね。
はい、ちょっと色々あって、事情は後で。
え?早朝一番で高速バスがこっちまで出てる?
ああそうか、電車だけが移動手段じゃないですもんね。
それ使えば今日の埼玉の試合間に合いますか。
はい、ありがとうございました」

電話を終えて、は自分のカバンを肩に抱える。

「師匠!緊急事態の為甲子園球場行ってきます!」
「帰ってきてから"ろの4番"だ」
「はい!!」

無涯さんの大馬鹿野郎!! 大切なものの順番を間違えるな!!!

―!事情説明してから行け――!!」 「後でしま――す!!」 最後の語尾が木霊するように間延びし、 は全速力で走っていった。 NEXT