ドリーム小説

29



…………結局寝れなかった。

薄い光がカーテンを染めてに起きるよう呼びかける。
気だるい重みが体に圧し掛かるが、無視して布団を蹴った。

もやもやした地面に足がつかない気分を走って吹き飛ばしたい。
こういう時こそ体を動かして無心になりたい。

Tシャツだけ着替え、はホテルを出た。


+*+


はっはっはっはっは

リズムのある呼吸音に足を合わせ、走る。
望みどおり無心になって、慣れてきたコースをひたすら駆ける。

何故、釈然としないのだろう。

たんっと足音を鳴らしては止まった。

信号が赤になり、数台の車が目の前を横切る。

大神さん、雪さん、犬君、辰君、ミヤ君
…すべては大神さんが太陽のように中心になり、
私達は惑星のように廻っている。
熱く照らされて、余熱が冷めない感情に踊らされている。

たくさんの人が踊らされるほど、あの人には価値があった。
忘れられないほど、暖かな日常を与えてくれた。
忘れられないほど、衝撃的で、悲劇な最後を迎えた。

大神さんが死んだ日。

私は普通に学校に行って、普通に練習して、
普通にお気に入りの作家の本を読んでいた。
虫の知らせも何もなかった。
だから、夜中に鳴った電話。
雪さんが大神さんの死を私に知らせるために
鳴らした電話は、どんな物語よりも物語染みていた。

ウソだ。
嘘だと思いたかった。
作り話であってくれ。

お義父さんは高速道路を数時間、休まずに車を
飛ばしてくれた。
泣いて頼んだ私の願いのため、一刻も早く、
大神さんの顔を見せるために。


……………現実だった。

冷たい、生きていない顔と手。
白い布からみえる部分は全部、全部、全部、
大神さんなのに、大神さんでなくなっていた。


それから3週間、師匠の家で寝起きした。

もうすぐ夏休みだったから、義両親も納得してくれた。

一度家に帰って、魁兄とユタにほっぺたが赤くなる
まで泣きついた。
そんな私を2人は心配してくれて、一緒に埼玉に行くと
言ってくれたが、2人とも野球の大会が近かったから
無理だった。

通夜の後、大神さんのお母さんから、赤とコゲ茶の
まだらの野球帽子をもらった。
…大神さんがいつもかぶってた赤い帽子だった。
コゲ茶色の所は、大神さんの血だった。
白い布の下を想像して、気持ち悪くなった。
生理的嫌悪と、憎悪で気持ち悪くなった。

憎悪相手の同い年の男の子達には会わないよう気をつけた。
大神さんの死を悲しむ場所で、大神さんがもっと
悲しむような事をする訳にはいかなかったから。

通夜の次の日、大神さんの帽子をかぶって、
大神さんと雪さんと私で歩いた色んな場所を歩いた。

助けてもらったマックの前、河川敷の練習場、
公園、フランクフルト屋、ゲームセンター、
最後に、十二支高校。

グラウンドでは誰も練習してなかった。

転がっているバット、出しっぱなしのピッチングマシン。
大神さんが死んだ日から、部活をしていないのか。
私はバットを持って、ピッチングマシンを用意して、
何回もバットを振った。
一番遠くて校舎の前の木まで飛んだ。
でも、お義父さんの時計のとこまではどうしても飛ばなかった。

『村中大打者はすげーよな!鷲坂主将も同じくらい
Bigな男だったって話だ。
ちゃんはもっと自分のとーちゃん達を
自慢していいんだぜ』

大好きなお父さん達を大好きな大神さんが褒めて
くれて本当に嬉しかったんだよ。

『雪ー!今のサインは何だ!?』
『打者に打たせろってサイン』
『俺がわざと打たせるなんてBigじゃないマネできっかー!!』
『打たせなきゃ守備練習になんないでしょ』

……楽しかった。だから、楽しかった場所、守らなきゃ。

4日間で十二支の野球部員の家を全部回った。
大神さんがいなくても、夏はいなくならない。
挑戦もしないで夏が終るなんて、絶対嫌だ。

………結果は散々だったなぁ。
当時の監督もやる気なかったし、半分くらい
負けるの当たり前って思ってたし。
でも、当時の私ができるのはそこまでだった。

後は、忘れる事に専念した。



信号の赤が緑のような青に変わった。
また走り出し、呼吸を整える。

私の忘却は、詩奈の記憶の忘却によって終わりを迎えた。
その次は何もしたくなかった。
何もしなければ、頑張る事も忘れることもしなければ、
もう何も失わない。
そんなバカな思い込みをぶち壊したのは、今の十二支。
失うけど、何も得られないなんてことはない。
時は止まらない。
死んだ……大神さんの時以外は。


……ふっ。


何?

何かが通り過ぎた感触がして、足を止め、振り返った。

何もない。

ぼやけた朝の光と、コンクリートの道があるだけだ。

何も変らないランニングコース。
そこで、どうしてああ判断したのか、
後の私は頭を捻った。

でも、誘われるように、走る方向を変え、走った。
その時の感覚は言葉でどう表わせばいいのだろう。

焦がれて追いかける?
恐怖に駆られ逃げる?
……どれも違う気がする。

ただ一つ分かるのは……どういう気持ちであろうとも、
私はその道を走らなくてはいけないと感じた事だけだ。


……時の停止に、例外はない。
後の私は痛感した。



NEXT