26 「……お前、大神さんを……」 犬飼はたどたどしい言葉を羅列させ、はその意味 を狂いなく読み取った。そして、小さく開かれた口元は、 いつも以上にを美しくみせた。 「好きだった」 あの人の素敵な所も情けない所も全部。 「女って好きな男の人のために沢山頑張れるの。 彼の役に立ちたいって、そして自分を見てって思っちゃうの。 中1の頃、琴美にこう言われたことがある。 "恋愛なんて所詮はGIVE AND TAKE。 下心と真心があって初めて恋愛は成り立つ"」 その言葉に凄く納得した。 思いを伝えようと思ったら、同じだけ返して欲しい。 それは当たり前の感情だって。 「大神さんが私を恋愛対象として見れないなんて分かり 切ってたけど、私は大神さんに好かれたかった。 だから多種変化球は私とあの人を繋ぐには必要だった」 大神さんはそんな事気にしないかもしれないけど、 何も出来ない自分は大嫌いだから。「私の持ち球はね、四大秘球の副産物なの」
球種の選択を手伝った時に身についたスキル。 そう、投手を目指さない私だからこそ肩を思う存分に使えた。 ごくりと、犬飼が生唾を飲んだ。「…なら、どうしてだ? どうして、御柳にああやって接してんだ!? 本気で大神さんが好きだったんなら、大神さん が殺されて憎くないのかよ!!」
怒気と怒りのみが詰まった言の葉は鋭利で、 それだけ彼の人の思いを強く感じさせた。 「……憎くむ?犬君、私は何も知らなかったから 憎むことも出来なかったんだよ」 はっきりした口調で、言葉を吐いた。 「万引きの三人組の一人を助けてトラックに轢かれた。 これしか、聞かされなかったんだよ。 私が思ったのは "その三人と大神さんが出会わなかったら良かったのに"」 犬飼と辰羅川の酷く傷ついた表情に、心が軋んだ。 「だってそうでしょ?万引きの現場を助けて雪さんにも 監督にもご両親にもこっ酷く叱られたのは貴方達の所為。 私がいた場所に収まったのは貴方達だ。 大神さんの死んだ理由は、その三人組がいた所為だ。 当時の私は本気でそう思った」 の気力のない言葉は犬飼と辰羅川に注がれた。 「私の感情を知って、まだ御柳一人を責めることができる? 誰もがお前の所為で、お前の所為でと恨まれる場所に たった一人で立つことが出来るほど、人は強くない」 この事を身を持って知ったのは中学の時。 強さを過信してはいけない。 強い強いと周囲に言われていた私もまた、 弱い人間だった。 「だから、一人でも沢山の事に立ち向かえる大神照に、 私は惹かれたんだ」 思い出すだけで目頭は熱くなる。 もう少し、もう少しなんだ。 彼の意思を引き継ぎたいのは、私も一緒だ。 「だから、私は憎まない為に3人を忘れた。 中学からの私は目の前の事が精一杯で、労せず 貴方達は次第に私の記憶から消えていった。 だから、本当にこの事態を考え始めたのはつい最近…」 広がった視界に追いつくのに一生懸命だった。 登り始めた階段を駆け上がって、自分の事だけに時間を 割いて、人の為と思って培った能力を自分につぎ込んで ……心の余裕ができてから見回せた景色と比べたら、 今まで悩んでいた答えは小さかった。 「私は誰も、憎む必要は、なかった」 そう、答えはそれでいいんだ。 「私と同じように大神さんに惹かれ、助けられた 3人を憎むのはただ大神さんの死のショックを和ら げたかったからだった。 赦せない事はこれから赦せる様になればいい」 今の状態の御柳君で全部を赦すなんてしない。 少なくとも練習試合で大神さんを揶揄した台詞は腹が立つ。 せめて、大神さんの墓前とご両親と、自分が飛び出して 人生を狂わされたトラックの運転手に頭下げるくらい の事はしてもらう。 トラックの運転手は葬式に出席して何度も何度も、 大神さんの棺おけに土下座して、体中の水分全部出す くらい涙と鼻水で顔を汚していた。 私は心から謝罪する人その人を恨めなかった。 だから一層、3人に敵意を向けたんだろう。 は俯いて目頭を強く擦った。 それから顔を上げて、泣いたような笑顔をした。 必死に笑顔を作ったのは、明白だった。 「それに、今は犬君も辰君もミヤ君も私は好きだよ。 だから、大神さんを理由にいがみ合うのは止めて欲しい。 あの人は絶対、3人が仲違いしてるの嫌がるから」 とても大きな太陽みたいなあの人は 人の暖かいところを見るのが大好きだった。 私も、その大好きなところをみたあの人が笑った 顔が、とても、とても大好きだった。 「……そうだな」 「ですね」 犬飼と辰羅川は小さく同意した。 大神さん、私は矢車菊のように、強くあれましたか? NEXT