#13
「いっちまったけど、いいのか?」
猿野は俯いたままのを気遣いながらそう聞いた。
は真っ赤になった頬を押さえて頷く。
「うん……みっとも無い所見られちゃったね」
覇気のないの声色に虎鉄と猿野は心配を隠せない。
場所を先ほどまでいた談話室に移し、ミニタオルをポケット
から取り出して、本当は飲み水用の冷水で冷やしてぺたりと
頬に貼り付けた。
「何から聞きたいですか?」
虎鉄はの合い向かいの席に座って、
猿野も虎鉄の隣に腰を下ろした。
「あの女だれDa?」
まずはそこからだと話を切り出した虎鉄。
「女子選抜候補チーム"泉"のピッチャー紀野燐。
私が六龍にいた頃の友人でチームメイトです」
「どうしてそれ避けなかったんだよ」
猿野が打たれた頬を差しているのはすぐに理解した。
はふっと口元を緩め、ぽそりと呟いた。
「だって、燐はこの頬よりずっと痛かったんだよ。
避ける訳にはいかないよ。
私は、あの子を裏切ったから」
「あ、いたいた燐!」
たった1人残った友人の香苗が息を切らし、顔を火照ら
せながら燐を呼んだ。
でも、それに振り返るだけの余裕は今の燐にはない。
「ムカつく」
あんな裏切りして……あんたは何がしたいのよ。
時は中学時代に遡る。
あの日は、冬休みが後3日で終わろうとしていた。
帰省から戻ってきた部員は朝から晩まで練習に励むはずだった。
「それで15の時のゼノンがチョーカッコカワイーの〜」
「嘘!?アタシもそれ見たい〜」
後輩が雑誌を広げて他愛ない会話を楽しんでいる場所から
数M先で燐はげんなりした顔でお昼ゴハンのパンにかじりついた。
「、いい加減嫌そうな顔止めてよ」
「だって、まだあの恐怖が…」
蘇ってくる過去に真っ青な顔する。
「金にモノを言わせて帰りの飛行機止めたり、
ガーゼで口押さえられて眠らされたり、
拉致されそうになったところを友人に助けられたり、
フフフ、思い出しただけで目頭に涙が溜まりそう・・・」
その言葉通りに涙目になるをみてご愁傷様と燐は
手を合わせた。
ガラッ
教室の後ろのドアが開いた。
立っているのはと香苗。
は燐とバッテリーを組むが、どちらかというと
の方が仲が良い。
燐自身もセカンドの香苗の方が馬が合った。
大概の場合、4人で一緒にいた。
そう、この日まではそれが日常だった。
「、燐、昼休み終わりだよ」
「午後は雪止んでるから外練だってさ」
心底嫌そうな顔をしている香苗に同感だと燐も心の仲で頷いた。
「あ、うん。今行く!」
は目をこすってグローブを手に取った。
サラリとなびく長くて黒い髪。
の髪は最初の頃、運動部にしては長すぎると何度も監督に注意された。
だが、は断固として腰から上に髪を切ろうとしなかった。
理由を聞かれ、はぐっと押し黙った後、こう言った。
「死んだ母が私の髪をいじるのが好きだったからです。
女々しいですけど、これ以上髪を切ると両親を忘れそうで怖いです」
それから、監督はの髪でとやかく言うことはなくなった。
確かにの生みの親が死んでいるのは燐達も知っていたし、
こういうとこで嘘を吐く子じゃないことも周知の事実だったから。
「燐どうしたの?行こうよ」
「うん」
髪を切らない理由は同情するものだったけど、燐は甘いなって思った。
髪を切ったからって記憶がなくなることはないのに。
でも、は次々と実績を作り上げ、ある程度の自由
を自ら獲得していった。
「選抜練習も近々始まるし投げ込みする?」
「そうだね、やろうか」
とがグローブとミットを取り付け始めた。
去年の日本選抜、通称JSには燐達全員が席を獲得して、
世界という舞台で表彰台に上った。
その中で、一番功績を立てたのは。
ピッチャーじゃないのに投げられて、アウトをたくさんとり、
打撃では本塁打を打ちまくった。
燐にはは大切な友達であると同時に、嫉妬の対象でもあった。
スパイクに泥がはねる。
やり難そうだなって眉を顰めてた時、あの事件が起きた。
ドゴオォ
何かが、強くぶつかった音がした。
ドサッ
次には倒れる音が。
倒れたのは、マスクをしていなかった、。
「、、!!!」
すぐそばでは懸命にの名前を呼んでいた。
を運ぶ救急車のサイレンを燐は他人事のような気分で聞いていた。
感情が追いつかなかった。
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