夢現の幻

ヒカルの碁×黒蝶伝説中学生Ver


雨水が傘に当たり、パラパラと音がする。

その日、東京は雨だった。

JSの合同練習が終わって、学校の寮に戻る道の途中、
本屋に寄りたくて私はと別行動をしていた。
欲しい本は新刊の漫画と小説数冊。
どれもお気に入りの作家なので、早く手に入れたくて、
いつもは憂鬱に思う雨よりも、浮きだつ心が勝っていた。

レジを通り、ビニール製のカバンに本の入った紙袋をつめて自動
ドアをくぐろうとしたら、私が前に立つより先にドアは開く。
入ってきたのは前髪か金髪で後ろは黒髪のツートンカラーの少年
と、真っ白な狩衣を纏った、凄みのある美人。

狩衣の美人と目が合う。
瞬間、ぞわりと肌が冷えた。
一拍遅れ、心身が引き剥がされるような眩暈がした。
膝から力が抜け、思わず床に跪く。

「えっ!?だ、大丈夫か?」

ツートンカラーの少年が驚いて私の肩を二度軽く叩く。
だが、私は自分の体が思うように動かなくて、何も
答えられなかった。

『ヒカル、その子もしかしたら……私が見えているのかも
しれません』
「え?」

少年と狩衣の美人が顔を見合わせ、私の顔を覗き込む。
ふらふら揺れる視界は思いっきり何かがぶつかってきた時と似ていた。

3回、深呼吸して、体の中の空気を入れ替える。

「すみません、平気です」

そう言って立ち上がり、少年の顔と狩衣の美人の顔を交互に見た。
そして、納得した。

狩衣の美人は、この世に身を持たぬ者だと。

「あのさ、ちょっと質問なんだけど」
「その質問は、一旦店を出てからでもいいですか?
ここにいると他のお客さんの迷惑になってしまいますから」

私がそういうと、少年は頷いて一緒に店を出て、店と店の境の
小さな路地に入った。
そこは軒先が上手い具合に雨から逃れられ、傘は必要なかった。

「で、さっきの質問なんだけど、あんたこいつが見えてるのか?」

少年は狩衣の美人を指差し、その先の彼―彼女かもしれないが、
たぶん男と判断した―は期待を込めた目で私を見ている。

「黒い長髪で、烏帽子と狩衣を纏った人。扇子を手に持ってて、
今私を見てる人でいいのなら」
「正解……驚いた。俺以外で佐為が見えた奴、アンタが初めてだ。
俺は進藤ヒカル、葉瀬中の2年。こっちの幽霊が佐為、
平安時代の囲碁打ち」
「私は六龍中2年のです」
「あ、同い年なんだ」
『ヒカルと比べるとずいぶん落ち着いてますね。
でも塔矢アキラも例もありますし、ヒカルが落ち着きがなさ
すぎるのかもしれませんが』
「佐為」

ちゃかす佐為にヒカルは仏頂面を向ける。
それを見て、思わずはクスクス笑った。

「こんなにはっきり見えて話せる身亡き人も初めてですけど、
こんなに仲の良い現世の人の彼岸の人も初めて見ました」
『は私のような人をよく見る方なんですか?』
「体調によってもぜんぜん違いますし、本当に視覚で感知できる
のは時々。大体はなんとなくいるかなーって分かる程度です。
母が見える人だったから、そういう血筋なんでしょうね」
「あのさ、同い年なら敬語なしでしゃべろうぜ。俺、敬語苦手だし。
佐為にも敬語なんて必要ねーよ」
『少々言い方に問題がありますが、私もヒカルと同意見です』
「そう?ならそうさせてもらうね。
ねえ、進藤君と佐為さんはどうやって知り合ったの?
進藤君も私みたいに霊感ある人?」
「霊感なんてぜーんぜん。
佐為はじーちゃん家の蔵の中にあった碁盤で眠ってたんだ。
俺はその碁盤に他の奴には見えないシミが見えて、そしたら
佐為が後ろに立ってた。
最初に会った時はさっきのさんみたいに倒れた」
「佐為さんは平安時代の人ってことは、少なく見積もっても
1000年以上前の人なんだよね?
それだけ未練持って彼岸の人が現世に留まってれば自然と力
は強くなるから最初の接触のショックは強くて当たり前だよ。
夢の中の存在が、現実の存在でいるっていうのは、それだけ
力が必要だってことなんだと、私は思ってる」

私の場合、眼よりも敏感に肌が彼ら彼岸の者を教えてくる。
鳥肌のように、表皮の奥が冷える感覚。
良い思いなんて一度もした事のない能力だから、この感覚を
伝えた事がある人は家族と師匠夫婦だけ。
にすら、言えない。
彼らの存在を認知するというのは、それだけで危ない事だから。


街中なのに隔絶された空間で、私たち三人は談話を楽しんだ。


「進藤君、佐為さんが切欠で囲碁のプロなっちゃったの!?」

ちなみに私は五目並べしかできない。
将棋ならルールが分かってゲームの中級ができる程度。
カードゲームも苦手なのでとことんインドアゲームに向いて
いないらしい。

「さんも覚えてみなよ。
あ、暇な時なら俺が指南してやるよ」
「うーん、教えて欲しいけど、もう少し後になるかな。
私は今はコレ優先」

そう言って、カバンから吉祥天―私のグローブの名前だ―を
取り出した。

『何ですかこの大きな手袋』
「これはグローブ。野球とか、ソフトボールで使う道具。
野球やソフトボールは球を使う協議で、球を捕る時に手を
守るために必要なの。
私はソフトボールをしてて、来月からは地区大会、都大会、全国
大会って大会続きなんだ」
「全国大会までもうスケジュールに入ってるのかよ」

自信あるんだなー。と言葉を続けた進藤君に、私は少々胸を張った。

「これでも私は去年は全国大会優勝チームの選手よ。
ジュニアの日本選抜にも選ばれてる。
進藤君や佐為さんの生活の中心が囲碁なら、私の生活の中心は
ソフトボールなんだ。
……不安なことは色々あるけど、それでも私はこの世界で頂点
に立つよ」

それが、私が今したいことだから。

『私が現にいる夢の存在ならば、貴方達は夢を現にする存在ですね』

佐為の言葉は悟った者の言葉でもあり、夢でしかない存在からの、
現であれる私達への羨みの言葉でもあるようだった。





あの出会いから2年。

現と夢の奇妙な組み合わせの片方を、ネットで見た。
日中韓のリーグ戦の結果を見て、彼がどれだけ善戦したか読み
取れる程度に、私は碁を覚えた。



再会は、もう少し時が経ってから。