苦い 舌が痺れる。 「やっぱりコーヒー苦手だったのか」 カイトはにやりと擬音がつきそうな笑いをしてから 白いマグカップで同じコーヒーを飲んだ。 私のように顔をしかめたりせず、普通に同じ飲み物を 喉に通す彼はコーヒーが良く似合う男だと思った。 そう言えばカイトはビールも好きだった。 私よりも苦いという味に慣れているんだろう。 「何よその“やっぱり”って。 良いコーヒー豆なんだろうけど カフェオレにしちゃお」 スリッパを履きなおして角砂糖とコーヒー用ミルクを棚から 取り出した。 カイトはの後ろに立ち、に覆いかぶさるようにして 上から3段目の棚を指した。 「紅茶は結構な種類あるのにコーヒーはインスタントと 苦味が薄めのモカだけ。 それにの料理は苦いものは中々作らないだろ? これで気づかないわけがない。 ま、手土産に持ってきたさっきのトラジャはモカに比べて 苦味がかなりキツイしな」 「そりゃよく見てることで。 私はカイトがそんなにコーヒーに詳しいと知らなかったわ」 「ジンさんに拾われる前、時々コーヒー豆を倉庫に運ぶ 日雇い仕事をしてたからな。 スリだと大部分が上で仕切ってる奴に取られちまうが、 こっちは疲れる分しっかり金か食料がもらえた」 はどうしたのだろうとカイトを見上げた。 カイトが自分の過去を話すなんて、かなり珍しい。 「バーカ。なんつー顔してるんだ」 「ひにゃ」 鼻をつままれた。 「同情誘うつもりで言ったんじゃない。 辛いことがあったのはお互い様だろ。 そんな顔するな」 そう言ってから私の鼻から手を離した。 結構ジンジンして痛い。 「辛いって言っても、私には頼れる人が必ずいたもの。 二組の両親だったり義兄だったり友達だったり、 こっちでもトゥエルブモンスターが一緒にいてくれて ジンさんやカイトにも会えた。 恵まれすぎるくらい、恵まれた人生よ」 何の苦労もない人生が良い人生というわけではないが、 救いのある人生は良い人生だと思う。 だから古代から現代まで宗教がなくならないのだ。 はカイトの体にもたれかかる。 「私がカイトの過去を知りたいと言ったら、話してくれる?」 「そりゃ気分次第だ」 「うわ、そこは嘘でも勿論とか言うでしょ?」 「出来るかどうかわからないことを約束できるほど 嘘つきでもないし器も広くない」 「それは同感ね」 この人は私に出来ないことはちゃんと出来ないと言い、 それでも最大限をくれる。 カイトを見上げると、その体勢のまま唇にキスされた。 苦いコーヒーの味が、少しだけ美味しく感じられた。