10.笑って欲しい。泣かしたい。矛盾したこの気持ち。
「亜久津、またリベンジか?」
「うっせぇ。何しに来やがった」
道路の段差に腰を落ち着かせてタバコを吹かす青年――とは言って
もまだ中学2年だが――がを睨み付けたが、その程度では
怯まないどころか薄く笑っている。
「ちょっとその辺ブラブラしてたら道ばたでアンタと
遭遇ってとこか。白ランに返り血の花咲かせるのも
どうかと思うがな」
「テメェだけには言われたくねぇな」
「もっともだ」
ケタケタと笑っては亜久津の隣に腰を下ろした。
「まだ記憶戻んねーのかよ」
「アタシだって戻したいけどさ、まだ色んなのがあやふやなのさ」
亜久津は、2・3年前のアタシに会ったことがあるらしい。
その頃から夜歩きしているとはなんとも亜久津らしいというか。
でもアタシの事は何にも知らないそうだ。
ただ、喧嘩がすごく強かったとは言っていた。
「ここ半年探してはいるけど…なんか違うんだよね」
本音を言うと別に生活には困らないから記憶が戻らなくてもいいか
と考えてしまう位には何もかもがどうでもよかったりする。
「で?アタシとのリベンジどうする?」
「ッケ、もう白けちまってるよ。今のテメエじゃ
やってもつまらねえ」
「あっそ」
先ほど自動販売機で購入したジンジャーエールをラッパ飲みする
と喉に刺激を与えながら中に染み込んでいった。
ジンジャーエールを一気飲みするとは缶を握力のみで
潰して一番近くのゴミ箱めがけて投げる。
ヒュッ ガコンッ
「パーフェクト♪」
見事にゴミ箱の中に消えたそれを確かめては気分よく
そう言った。
そしてよっとと掛け声をかけて立ち上がり、バックを肩にかけ直す。
「帰るな。母さん待ってるし」
アタシの母さんはまったくアタシと似てない儚げな印象の人。
父さんは知らない。
古い記憶の中にも見当たらない父親は元からいない存在と
してアタシの気持ちは決着していた。
アタシが探してるのは、もっと深い場所にいる影。
「勝手にしろ」
「んじゃな亜久津」
は後ろ向きで手を振って街中の人ごみに姿を隠した。
「ふざけんな。前はそんな上品だったかよ」
タバコの火を靴で消して亜久津は悪態を吐いた。
『俺と闘りたい?へぇ、威勢のイイガキだな。
言っとくけど、救急車とかは呼ばないからそのつもりで。
ここって公共のものはすべて立ち入り禁止だからさ』
最初の会話はそれだった。
たった1つ上の人間がその辺の不良に顔を覚えられてて、
早々に手を出す奴なんかいなかった。
『いいねぇ。気に入ったぜお前。名前なんての?
俺は。こう見えても女だ』
それを聞いた時フザケてんじゃねえと言ってやった。
12の女が165cmなんてタッパしてるとは思わなかった。
余裕かまして見下した笑い方するヤツをいつか泣かしてやると
何度もいき込んだ自分が昔いた。
『んじゃな仁。多分もうここにはこねぇ』
中学に入ってアイツは夜を歩かなくなった。
立ち入り禁止の黄色のテープの踏みつけて俺の中に入ってきたあいつ。
今年また会って、ぞくりとする壊れかけた笑みじゃない、普通に笑う事に、驚いた。
本当には笑いもせず、泣きもしなかったアイツ。
たったの2年で何があって変わったのか。
ただ、今のアイツを泣かそうという気持ちはなかった。
「馬鹿じゃねぇの?」
その言葉の主語は間違いなくだろうが、
何に対して言っているのかはまったく分からなかった。