#13










空の青はすべてを吸い込みそうなほどまっさらで、

雲の影すら見当たらない。


その情景はこれから会いに行くあの人のようにも思える。


私が腕に抱く花は、白と青の淡い色の矢車菊。



『俺結構この花好きなんだよなー』

『矢車菊だよ、それ。私も好きだよ』


一緒にいるだけで嬉しかった。

憧れにも似た淡い恋情。

矢車菊の花言葉ように繊細で、幸福だった。


「でもさ、あんな終わり方しなくてもいいのにね」


初恋は私と貴方の世界が分かれる事で終わった。


「こんにちは……大神さん」


私は、あの人の眠る地に今立っている。


「命日に来れなくてごめんなさい。今は貴方のいた十二支で野球
をしててね、練習サボってまで来たらあんまりいい顔してくれない
と思ったから今日来たの」


とは言っても、特別に1日休ませてもらったんだけどね。



は、花を整えて墓の前に供えた。

そして足を抱え込むように座り込んだ。

ここにくると、どうしても昔を思い出す。



大神さんは大人なのに、子供みたいな人で……
野球をしてる時が一番格好良かった。

放たれる球は力強くて、あんな風に投げたいと幾度も思った。


「あのね…大神さんが話してくれてた3人に…今年会ったよ」


俺にちゃんと同い年の弟子が3人できたぜ。

もしかしたらいつか会うかもな。


「最初は全然気がつかなかったの。御柳君なんて犬君と言い争い
してる所見ても気がつかなかった」


話でしか聞いた事のない私と同い年の男の子3人組。

犬飼冥・辰羅川信二・御柳芭唐。

あの時、3人の言ってた人が貴方だって気づいてたら
私も御柳君に殴りかかったかも…いや、違う場面で殴ったけど。

あの3人の名前、忘れてた自分が馬鹿みたい。


会った事もなかった話だけの同い年の男の子たち。

それでも本当に分かったのは辰君が貴方のノートを持っていたから。


目の前にある墓石に語りかけても答えは返ってこない。

当たり前だけど、それでも会話するようには言葉を紡ぐ。


「馬鹿だよねー。蛟竜投げた時点ですぐ気づくものなのに……
そう言えば竜のつく名前を付けたいって言ってたもんね」


まさか、貴方が死ぬ前に4つも完成してるなんて思わなかった。

仲の良い3人組。でも、3人は今は昔のようには一緒にいられない。


「御柳君が貴方の事、夢見野郎とか言ってても、忘れたがってても
やっぱり貴方を忘れられなくて苦しんでもがいてるようにしか
見えなくて……私が、口出ししちゃ駄目だよね…」


夏であるにも関わらず涼やかな風が吹き、
持ってきた矢車菊をカサカサと音を鳴らさせる。


でも、3人がもし大神さんの事で別れたなら、やっぱり話に
聞いてた仲良しの3人組に戻って欲しい。

貴方は絶対そうして欲しいと望むだろうから。

お人良しの権化みたいな貴方だったから。



『ねぇ、大神さん』

『何だちゃん』

『大神さんって何で人が怖くないの?
人に嫌われるとか騙されるとか、怖くないの?』


今思うと、幼いからこその問いかけだった。


『この前だって子供の万引き助けて大変だったんでしょ?』

『んなっ!?何でちゃんがそれを?あ、白雪か!?』


大神さんは私には知られたくなかったのか随分慌ててた。

その様子が面白くてついつい笑い声が出てしまった。


『大当たり〜。結構真剣に怒ってたよ雪さん』

『へん!その位でクヨクヨしてたら男はBIGになれねーのさ』

『下手したら大会出場停止になったかもしれないのに?』


重大な事だと思うけど…。


大神さんは恥ずかしそうにポリポリ頬を掻いて、
野球帽を深く被り直した。


『…助けてやんなくちゃって思っちゃってさ。
そしたら体が勝手に動いてた』


ポソリと漏らした本音は大神さんらしい言葉だった。


『主将なったばっかなのに皆に迷惑かけて悪かったって思ってる。

部活に支障出るかもって考えて声をかけるのをちょっとためらった。

でも、ガキ共を放っておけなかった』


あの頃の私は本当に弱くて、怖いものからすぐに逃げたがった。

大丈夫なものと危険なものの区別が分からないからと……。

だから、危険だって分かっててもやりたい事を出来る
大神さんが素直に凄いって思った。


『あいつ等がちゃんと同じ位の年だったのも大きかったのかもな。

BIGに守ってやらなくちゃって!』


守ってくれると言ってくれたのは顔が真っ赤になる位嬉しかった。

でも私は天の邪鬼で、どうしてもその気持ちを隠したくなって
いつもの台詞を言った。


『私もBIGになるよ!大神さんのライバルだもん!』


大神さんのキャッチャーは雪さん。

それ以上大神さんに近いポジションはない。

なら、私は大神さんのライバルになりたかった。

ずっと大神さんが野球を楽しく出来るように。

ずっとその姿を見られるように…。


『それでこそちゃんだな!』


それでいつものように大きな手を私の頭に乗せた。

その体温がすっごく気持ち良かった。



優しい人だった。

楽しい人だった。

明るい人だった。

そして、愛しい人だった。


想いは伝えようと思わなかった。

私はまだ子供で、大神さんはとても大人で
迷惑をかけてしまうのは一目瞭然だったから。

せめて、好きだと気づいた時の大神さんと同じになるまでは
この気持ちを伝えないでおこうと……。



でも、大神さんはその時まで待ってくれなかった。



大神さんが死んだ時、いつも温かかった手は冷たい手になっていた。

涙が、止まらなかった。

さよならと言いたくなかった。

死なないで、置いていかないで。

まだ一緒にいたいよ…私はまだ弱いんだよ。


でも貴方は私にそれを乗り越える為の本当の強さを教えてくれたんだ。

悲しい事があっても次に進む足を止めちゃ駄目。

悲しい事を忘れなくてもいい。

それが私を強くする。


「辛い事を知るから、人は強くなれる。

恐れる事を恐れるな。

恐れる事を乗り越えろ。

それが私が大神さんに会って知った“強さ”だよ」


すくっとは立ち上がった。

終始、は寂しそうな所があっても笑顔だった。

笑顔でいる難しさも良い所も教えてくれた。

貴方の笑顔が大好きだった。

私が笑うのが好きだと言ってくれた。


「もうちょっと待ってね。私はもっと強くなってみる。

大神さんに教わった事をこれからは私が実践する」


貴方への恩返し。

ありがとう。

貴方に出会えて私は幸福で幸運でしたよ。

矢車菊は可憐な外見とは裏腹に強い花。

大神さんは、外見も中身も強かったけど……
できるならば私はこの矢車菊のようにありたい。

少しでも長く、出来れば私が死ぬまで大神さんを忘れたくない。


「また、今度来るね」


は、大神の墓に背中を向けた。


(頑張れよ、ちゃん)


きっとその声は風の音が生み出した空耳。

思い出の矢車菊は風に吹かれて、ふわふわ揺れていた。














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