#19 発見
一方、十二支スタンドに小さな事件が起きていた。
初戦で苦戦させられた武軍の4名が観戦に来ていたのを
部員たちが発見したのだ。
「な、なんだお前ら見に来てたのか?!」
「もう来年に向けての偵察なのか!?」
部員3人は慌てるように口早にまくし立てる。
「まぁそれもあるが、両校一戦を交えた身としては
今回のカードは興味があってね」
相手は思っていたより冷静な対応を返してきた。
「え?お前ら黒撰と闘った事あんのか?」
「少し前に練習試合を申し込まれてな。
俺達も序盤は大和さんのステルスとカタパルト
で抑えてたのによ。だが……打順が2巡したあたり
から急激に黒撰打線が爆発し始めた」
苦々しく顔をゆがませて武蔵がその時の事を話始めた。
「そして武軍は0−19という創部以来の歴史的大敗を
喫してしまった。なんか最初から怒気に似た
覇気はあったけどね」
「「「そりゃお前らがを泣かせたから
村中家が怒ったんだ」」」
理由は明白だったので声を合わせてそれを教えてやる。
初戦の時に猿野・犬飼を叱り付ける時に流した数滴の涙。
それだけで村中親子の怒りを買うには十分な理由だ。
「本当に黒帽子の村中はあの女子マネ、なんだ」
抽選会の時は可愛いのに強い女子マネがいるくらいにしか思って
なかったけど。まさかソフト界の伝説"黒蝶"だったなんてね。
心の中で言葉を付けたし、本題に移る。
「聞いてもにわかには信じられなかった。"黒蝶"のキーワードで
探しても噂と実績は大量にあれど本人像は中々出てこなかったし
……でも、これで噂の1つ、本名は村中説は確定か」
妙高は腕についているコンピューターをいじりながら
やっと分かったと言った風だ。
それでも、不明確な事柄が多すぎる。
"黒蝶"に一体何があったというんだ?
僕の情報網ならずば抜けた実績も大会の様子も分かった。
黒帽子のデータも納得した。でもあの子は普通じゃない。
あの僕らですら飲み込んでしまう存在感。
たったの15年でに何があればあれ程の力を
手にすることが出来るんだ?
妙高の脳裏に浮かべる疑問はここでは語られない。
その疑問が解ける事があるのかも分かりはしない。
「それでも武軍がそこまでの点差で…」
「そんなに黒撰の打線はヤベ―のか!?」
自分たちはあれほど苦戦させられたというのに。
驚きで開いた口がふさがらない。
「特にあの由太郎って奴には気をつけろ。
あいつはまだ本気を出しちゃいねーぜ」
武蔵の忠告は部員たちの耳に鉛を落とすように重く聞こえてきた。
試合はこれ以上ないほどに早く回を消化していく。
両校の投手ともが打者を1打たりとも寄せ付けさせないからだ。
「只今犬君ノーヒットノーラン爆走中」
は試合用ノートに書き込みを入れながらそう独白した。
普通に歓迎すべき記録でもそれ以上に不安がよぎって仕方ない。
辰君はユタが飛竜の糸口を掴んでしまったかもしれないと
言葉を零していた。
これは、嵐の前の静けさな気がしてならない。
それでも、こちらから何かすべき事はないのだから
警戒するほか手段はない。
『ここで黒撰ナインタイムが入りました』
はスピーカーから聞こえてきたアナウンス
ではっと思考をいったん止めた。
タイムを取った黒撰はというと。
「皆の者、ご苦労だった。由太郎は攻略の糸口を掴んだようだ」
村中監督の言葉に選手たちは浮き足立った。
「ほ、本当ですか!?」「ではいよいよ!?」
「うむ…これより"見"の状態は解除する。
後は好きなだけ暴れて来い」
村中監督は選手たちが待ちに待っていた命令を出した。
黒撰に高潮した雰囲気が一気に沸いてきた。
「現在の状況はすでにツーアウト。ピンチではあるがこの場面
こそ試合の明暗を分ける。最重要ポイントとなろう。この回で
由太郎の打席まで持っていけるか否かで試合の流れは大きく変わる」
「そ、そうだ!しかも今後の由太郎の打席も増える」
由太郎はユニフォームの端を掴みながら言いにくそうに声を出した。
「…あ…み、皆遅くなってごめんよ!!俺絶対あの球打つからよ。
だから、だから俺にきっとつないでくれよ!!」
地面に膝をついて今にも土下座する勢いの由太郎に
一同は目を見開いた。
「お、おい由太郎土下座なんて」
仲間はそれを止めさせようとするが由太郎は地面に
つけた握りこぶしをきつく握るのみ。
「バーカ。わざわざ当たり前の事頼んでくんな。
テメエは俺らのバッティングを信じてねーのかよ」
おちゃらけた口調で小饂飩は由太郎を励ました。
「その通りだよ由太郎君。君は私こと緋慈華汰率いるこの黒撰の4番
だろう。その様な水臭いウォータースメルはよして顔を上げないか」
緋慈華汰もそれに頷いた。
「うんうんダメで元々、来年は他のスポーツやればいいしさ」
沖の明るい口調でダークな物言いに小饂飩のチョップが頭部へと
下ろされた。その三人、というより二人の言葉に
他の者も同意の言葉を送り出す。
「まぁもし駄目でも俺らで勝手に点とりゃいいしな」
「ああ、テメェばっか美味しい所持っていかせるかよ」
「もうもうひと眠りしたら黒撰打線の恐ろしさ
十二支に分からせてやらないとね」
「テメーら行くぜ〜〜!!!」
「「「「オオ!!」」」」
黒撰全体に気合の入る咆哮が鳴り響いた。
それから、嵐が吹き荒れる。
かつて幕末という時代の境目を騒がせ、
維新志士達の天敵あった壬生の狼のように。
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