#34 お疲れ様
牛尾先輩・蛇神先輩のお見舞いも無事に終え、
試合の片付けも済ましては家に帰宅した。
「ただいま〜」
は玄関を開けて家の中に入って玄関との段差に
腰を下ろしながら靴を脱ぐ。
「」
後ろから声をかけられた。その声はいつも聞きなれている
低くくて穏やかな小波に似た声。
「ただいま魁兄。帰って来るの早いね。
黒撰の試合は今日じゃないでしょ?」
は後ろを振り向かないで声だけを相手に向ける。
「今日は親父殿が用事があるのでな。早々に終了した。
夕飯はいらないとの言伝だ」
「お義母さんは友人に会いに行ってるから帰り遅い
んだよね?じゃぁ今日は兄妹だけなんだ」
靴をそろえては腰を上げる。
それでも魁に顔を向けようとしない。
「……、何があった」
魁は先程とは違う、凄みのきいた、しかし何処となく
心配しているような声でを問いただす。
「が相手の顔を見ないで話すのは一つに決まっている」
それは、何か隠し事をしたい時のみ。
何か我慢したくてしょうがない時だ。
「試合で何があったかは知らない。
しかし、もう我慢はしないでいい」
魁はの肩口から優しく手を回して包み込んだ。
はそれでも動かない。
数分たっただろうか。
魁のを包み込んでいる手に暖かい水滴が垂れてきた。
「魁にぃ……もう、悲しいのは終わったの。平気だったの。
ちゃんと勝ってくれた。約束も破られなかった」
牛尾先輩も蛇神先輩も、命の別状も長期間の入院も必要ない。
これ以上ないくらい最高の形で私を安堵させた。
だから、嬉しくて、また涙が出てきてしまった。
押し殺していた感情を取り戻すように、声を押し殺して静かに目から流れ出る
水滴はの頬を伝う。
「良かった……。本当に良かった。
あんな悲しい気持ちを味あわないですんだ。
みたいな事にならなくって、本当に嬉しい」
二人が倒れる瞬間、時が遅くなって
あの時のが倒れる瞬間とかぶさった。
手に残るきつく握りこぶしを結んだ名残の爪あとを見ると
自分を押さえ込んだ事に関しての自分を少し褒めてもいいと思った。
泣け叫びたかった。また親しくした人を大切なものによって奪われてしまう
のかと思ってしまったから。
「良く頑張った」
魁はそう言っての頭を大きな手でなでた。
幼い頃から泣き虫なをなだめるには抱きしめて人肌で落ち着かせるのが
一番効果があった。
本音を吐き出させるのも同じ。
最後のこの役目は魁か由太郎のどちらかの義務だった。
そして誰にも譲れない権利だった。
のいつも見せる強い存在感と勇気に隠れた弱く儚い臆病な心。
それを見る事が出来る者は家族を抜かしたらすべて合わせても
五指いるかどうかだ。
弱さを知るから本当の強さを知る。
の本当の強さは弱さを知っている事だ。
は涙が止まるまで魁の体温に守られていた。
その夜。
「!次泣く時は俺にも頼ってくれよな!!
絶対約束だぞ!!」
由太郎は大好きな鮭の塩焼きを骨まで食べながら
味噌汁をよそるに一方的に約束を迫った。
よほど兄のみに泣きついた事がお気に召さなかったようだ。
「うん。ユタも何かあったら私頼っていいからね」
は冷えたタオルをあてて治したもとの晴れやかな笑顔
を由太郎に送った。
「………」
魁はと由太郎の会話を蚊帳の外に追いやられた気分で
寂しく聞いていた。
あとがき